■9月。ぼくは治武靖明カメラマンと一緒にヨーロッパに行ってました。フランクフルトから高速道路を走ってミュンヘンに寄り道、ニュルンベルグ、ドレスデン、そしてポーランドを通過してチェコの北西部へ。毎年、楽しみにしているシックズデイズの取材のためです。
■ぼくにとって、この季節、秋といえば、インターナショナルシックスデイズエンデューロです。ISDEと略称されるこのイベントは、毎年参加国の持ち回りで開催される(注1)、年一度のクラシックイベントで、国代表チームの対抗戦という特徴があります。モトクロスデナシオン、トライアルデナシオンのエンデューロ版だ、そう言ったほうが通りがいいかもしれませんが、ISDEの歴史は旧く、第一回の開催は1913年(注2)にさかのぼります。第一次世界大戦、第2次世界大戦と二度の不幸な出来事による中断をのぞいては、毎年欠かさず、ヨーロッパの国々を舞台に開催が続けられてきています(注3)。
■エンデューロには、一方で世界選手権2日
間エンデューロというチャンピオンシップシリーズがあり、そこではプロフェッショナルライダーたちが個人、そしてマニュファクチャラー(注4)としてのタイトル争奪にしのぎを削っています。世界選手権のシーズンが終わってから開催されるISDEは、いわばスキーのワールドカップに対するオリンピックのようなものと考えるとわかりやすいかもしれません。世界選手権でトップ争いを演じたライダーたちも、それぞれの国代表チームの一員としてISDEにエントリーしてきます。個人のタイトルよりも、国の代表としてのプライドを賭けて戦うステージです。
■今年のチェコ共和国大会にも、30カ国以上、600名もの選手が集まり、6日間に渡って腕を競い合いました。撮影、編集しているビデオでも紹介していることですが、このISDEというイベントの面白いところは(というかもっとも重要な点であり、ぼくがこの競技に熱狂している理由でもあるのですが)、ファクトリーのお抱えライダーも、遠い国からたった一人でやってきたアマチュアライダーも、ここではまったく平等。走ることはもちろんですが、マシンも同じ公道仕様の市販車、タイヤ交換も、整備もすべて自分でやらなければならない規則。交換できるパーツの制限も多く、ホイールハブの交換も不可(ということはつまり、タイヤが減ったらレバーを使ってタイヤ交換しなさいということ)。パワーツールの使用も不可。多額の契約金で走るライダーも、一介のアマチュアも、スタートラインに並ぶことができれば(注6)、あとは全く同じ条件。一つの身体、一台のマシン、最小限の工具とスペアパーツ。それ以上にはお金をかけようにもかけられないということ。そのことが、みんなの手によって、長い年月、大切に守られ、育てられているということがなにより素晴らしいのだ、とぼくはいつも思っています。(注7)
■ファクトリーチームや、贅沢な物量作戦の介在する余地がなく、まことにことのISDEというものの見た目には、派手さというものがありません。モータースポーツというもの、それもインターナショナルイベントだというのに、まったく地味そのもの。トップライダーも、アマチュアライダーも同じく泥まみれとなり、帰ってくると汗をぬぐうまもなくタイヤレバーと格闘し、そして次の朝、まだ暗いうちからパルクフェルメで短い時間整備(注8)をし、静かに1台、また1台と朝もやのなかに消えていく…。個人競技として確立されたエンデューロのルール(注9)、そのことに由来する静謐な雰囲気、緊張感は素晴らしいものですが、現実問題としては、そうしたことがエンデューロを「スモール・ビジネス」(注10)で終わらせている原因だというのは事実。多くの愛好家もそのことにはとうに気がついています。
■今の時代、といういやな言い方をあえてしますが、やはりテレビでの放映がビジネスとしての成功のカギを握っています。エンデューロも、そうした流れに逆らうことはできないし、事実、世界選手権エンデューロはそうした意味でのショーアップを考え、変わっていこうとしています(注11)。ですが、ISDEは、シックスデイズはどうなっていくのでしょうか。世界選手権エンデューロがどのようになっても、ぼくはISDEだけは、あまり大きくは変わらないんじゃないかと思います。世界選手権がプロ化への道のりを歩んでも、ISDEはそう変わらない。なんとなくみんなそう思っているんじゃないかな? チェコ大会のファイナルモトクロステスト(注12)を見ながらそう思ったり。だってもう80年以上もやっていて、何十年もこれとつきあっている人がいっぱいいる。今更、急に、ビジネスだからなんだからといっても、ねぇ…。
●写真 / ある日のタイムチェックポイントの風景(チェコ大会) (注1.
原則として優勝国が4年後の開催権を持つ)
(注2.イギリスのカーライル湖地区で開催された)
(注3. ISDEがヨーロッパを出て開催されたのはアメリカ、オーストラリアのみ。来年のブラジルで3カ国となる)
(注4. 製造者=メーカー、ファクトリー)
(注5.
国代表のワールドトロフィチームは6名ないし5名のライダーで構成される。異なった3つ以上の排気量クラスでエントリーしなければならない。ワールドジュニアトロフィチームは4名ないし3名の23歳未満のライダーで構成される。異なった2つ以上の排気量クラスでエントリーしなければならない。成績の良い順から6人目<ジュニアは4人目>のライダーのポイントは除外される)
(注6. ISDEのエントリーフィーは5万円ほど)
(注7.
一夜のうちに消耗したマシンが新車になってしまう。そんなファクトリーチームが活躍するダカールラリーなどが公平じゃないとも思わない。そこに至るプロセスに比較しようのない努力、労力、才能の発揮があるはずだからだ。スタートラインに並ぶ前から競走が始まっているのというのも、競技スポーツにの厳然たる事実)
(注8. 毎朝各自のスタート前10分間だけ整備の時間が与えられる。もちろんここでも整備できるのはライダー本人だけ)
(注9. 国代表といっても、個々の総合ポイントの合計を競うということであって、助け合ったり、フォメーションで走ったりということではない。むしろライダーのコミュニケーションは制限されているほど)
(注10. 世界選手権でもISDEでも観客の数は多くて数千人でしかない。プロライダーの数も割合として非常に少ない)
(注11. 10月、今まさにプラハで開催されているFIM会議がそれを決めることでしょう)
(注12. 最終日は完走者全員でモトクロスをやって、それが最後のスペシャルテスト=タイムトライアルになる。各クラス2〜3レースある。5クラスあるので12〜3のレースがある) |