■先日、バイク仲間(といってもぼくが編集しているビッグタンクという小冊子の制作協力者たち)とじっくりとマジメな話をする機会があったんだけど、ホントにみんなバイクと、バイクを使った遊びのことを真剣に考えてるんだなぁ、と思いました。一緒に走って遊ぶことも多い仲間たちで、普段は「オレたちゃなーんにも考えてないヨン」という顔をしていて、バイクなんて楽しければそれでいいんだ、なんて言ってるんだけど、その「楽しけりゃいいんだ」をキープしていくために何が必要かってことを真剣に考えてるんだよね。
■一年365日。いつもマジメって顔してるんじゃなくて、遊ぶ時はあくまでもファンキー。でもその遊びのために必要なことをちゃんと考えてるってところがいい。で、この時のハナシの焦点というのが「今ぼくたちがやってるエンデューロと呼ばれているもの。普通の感覚からすると、かなりヤクザな遊びだよね。」ということだった。走るのは確かに楽しい。でも、レースにしてもフリーライドにしても、とてもじゃないけど、一般市民に見せられないシーンって多くないか? 見るヒトが見れば、これは道の破壊を通り越して環境破壊ってことになるようなコースもあるし、50kmの林道を閉鎖してよーいドンのレースをやるっていうのは、いくら北海道の田舎が広いからといって、社会通念上すでに許されなくなっている部分もあるだろう。
■では、どうしたらいいんだろうね。「結局、そうしたことを社会常識の立場から指摘された時に、返す言葉を持っているかどうか、持てるかどうかってことが重要なんじゃないか。」ということにもなった。「レース形態だって相応に変化し対応していくことが大事だ。」とも。で、この北の島のバックナンバーで幾度か触れているISDE(インターナショナルシックスデイズエンデューロ)というイベントがある。このレギュレーションブックというのが、なかなか読み物としても興味深く、面白いもので、読み解いていくと、1913年から現在に至るまでの、ヨーロッパの社会環境の変化や、環境保護意識の高まりという最近の情勢までがおぼろげに見えてくる。ISDEのルールというのは常に社会環境に対応して、常に変化しつづけているっていうことなんだ。
■各タイムチェック間に所要時間を指定するというタイムキーピングシステム(いわゆるオンタイム方式)、というのも最初からあったわけではなく、また平均時速を35km/h以下に設定するというのも同様。そこにはさまざまな苦心が見られ、そして見事にスタンダードとして成立している完成度の高さが見られる。
■タイムキーピングシステムっていうのは、確かに競技としても面白い側面があるけれど、例えばカリフォルニアのデザートでそれをやって楽しいか? あるいはダカールラリーやラリーレイドモンゴルをISDEルールでやって意味があるのかというと、そんなことはないよね。むしろ一般的な社会環境にもっと近いところで開催できるという精密さや、それゆえに土地柄、お国柄にとらわれずに競技として成立しうるスタンダードとしての完成度の高さが、ISDEや世界選手権エンデューロのルールのスゴイところだと思っています。
■次回もこの続きを…。
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