「レギュレーション考。その2」
ほんとうは、どのくらいの厳しさが良いのか。 これはボクの長きにわたるテーマだ。
「厳しい」を構成する要素は、ルートや天候にありそうだが、 やっぱりその多くはレギュレーションにある。 それはそうだ。
はるか昔、まだGPSの無い時代。 携帯電話も、もちろんない。 コンパスとか六分儀とかで、砂漠を越えていた時代のことだ。 つまり、まだまだ地球上のどこからでもどこにでも連絡がつくなんていうのは 夢のような時代のことだ。 ひとたび世界へ旅立てば、どこでどうしてるのかなんて、 心配してもしょうがない時代だった。
そんな背景も手伝ってか1979年に産声を上げたパリ-ダカールは、人々を熱狂させた。 80年代。国際社会は束の間の安定期を過ごしていた。 それは通信手段などが未発達だったということも挙げられる。 メッセージを発することが困難だから、内面的に向かうか本でも書くしかないが、 その本も宣伝仕様もなかった。
だから、男たちは(いや女性もだが)心の奥にある未知なるものへの探求と、 自己の持つ潜在的能力を確かめたいと心に小さな火を灯もした。 ボクもそうだったから、良くわかる。
アルジェリアからニジェールに。ホッガー山脈やタマンラセット、アガデスそしてテネレ沙漠やビルマ灯台やらと、いちいちその固有名詞にさえ心が震えた時代があった。モーリタニアなんて聞くと、今ではスーパーでもモーリタニア産のタコなんて書いてあるから・・・なのだが、確実にめまいがした。モーリタニアかあ。。。
いま、そんな強い憧れが地球上に残っているだろうか。 地名を聞いただけで、身震いするようなそんな冒険の大地のことだ。
そのラリーでは、リタイヤしたら、もしくは翌朝のスタートの30分前にゴールしていなければ失格になるのだ。つまり失格になったら、ラリーから完全に除外される。近づくことさえ許されなかった。もちろんビバークに入ることも許されない。水ももらえなければ食事ももらえない。 なんて理不尽だ。エントリー費を払ってるのに。 そう考えた。
しかし、こうも考えた。 リタイアは敗北であり、主催者から屈辱的な扱いを受けたからと言って、それはレギュレーションの定めであり、そうなるのが嫌ならリタイアや失格にならないようにしなければならない。 そういうことだ。
退場を命じられたサッカー選手が、駄々をこねてフィールドに残っててはいけないのだ。 だからあの時代は、完走は勝利だ。とされていたのだろうと思う。
時代は変わる。小学校ではかけっこに順位を付けてはいけないという。 敗者が居てはならないのだそうな。
今日リタイアしても良いですよ。明日はまた走れますよ。 本当にそれでよいのだろうか? そうしたら完走するということには意味はないのではないか?
レギュレーションの運用を、書いてある通りにしたら烈火のごとく抗議が来る。 イエローカード2枚で退場させたら、怒鳴り込まれる。 それと戦わなければならない。 闘わないのは簡単だし、とても楽だ。
悩みは続くが、ボクの心は決まっている。 レギュレーションは、厳しくなるばかりではいけないが、緩くなることはもうな いかもしれない。
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