Organisation Voice 2005/12

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2005/12/28 (水曜日)

これまでの年末年始は、何をどのように考え行動してきたのかなあ?とOVのバックナンバーを見ると「うーむ」と、なかなか解かりやすくて・・・・・でもパリダカに行かないようになって(2002は行ったけど・・・)やっぱ年越しは寂しい。シャンゼリゼで、いやどこに居てもカウントダウンが「0」になると途端に鳴り響くホーンの嵐、新年を祝うには少し激しすぎる?まあ除夜の鐘の替わりだと思えば思えなくも無い。1年を振り返り、リセットでもするかのごとく新しい年を迎える。新年にあたって心に決めたことを、じっくり一年かけて実行できる人は、それなりの成果が残せる人だろう。よーし、ボクも新年に心に決めた事を有言実行の年としますか。

きょうの一枚&チームスガワラライブレポート
日本時間12月26日午後9時
「もしもし、いまどこですか?」
「いま、ボルドーを走っていますよ」
「調子はどうですか?」
「えーちょっと2号車に問題があったんだけど、日本からパーツが届いてなんとかなりました。」
「今、運転中ですか?」
「いや、ナビの羽村が運転してくれていて、ナビシートに座っています。」
「マシンも良い仕上がりだそうですね?」
「はい、HP見てください。1号車で前年比100kg、2号車は400kgの軽量化が出来ました。エンジンはパワーアップしてないけど、軽量化の効果は大きいから」
「今年はさらにカミオン部門がすごいことになっていますね」
「そう。FIAに今年提出されたクロスカントリーのホモロゲは全部で52件あって、そのうちカミオンだけで27件。すごいでしょ。他のカミオンはモトクロッサーみたいになったよ。」
「バイクの人たちもみんな元気ですか?」
「ひとり外人だけどカイザーが連れてきた人ね、YAMAHAの2駆のWRで出るよ。みんな元気ですよ。川合さんは急遽出られなくなったんで、残念だけど」
「リスボンにはいつ着くんですか?」
「今日はスペインに入って泊まって、明日さらに800kmほど走ります。」
「気をつけて下さい」
「はあーい、皆さんにもよろしく」


2005/12/28 (水曜日)

これまでの年末年始は、何をどのように考え行動してきたのかなあ?とOVのバックナンバーを見ると「うーむ」と、なかなか解かりやすくて・・・・・でもパリダカに行かないようになって(2002は行ったけど・・・)やっぱ年越しは寂しい。シャンゼリゼで、いやどこに居てもカウントダウンが「0」になると途端に鳴り響くホーンの嵐、新年を祝うには少し激しすぎる?まあ除夜の鐘の替わりだと思えば思えなくも無い。1年を振り返り、リセットでもするかのごとく新しい年を迎える。新年にあたって心に決めたことを、じっくり一年かけて実行できる人は、それなりの成果が残せる人だろう。よーし、ボクも新年に心に決めた事を有言実行の年としますか。

きょうの一枚&チームスガワラライブレポート
日本時間12月26日午後9時
「もしもし、いまどこですか?」
「いま、ボルドーを走っていますよ」
「調子はどうですか?」
「えーちょっと2号車に問題があったんだけど、日本からパーツが届いてなんとかなりました。」
「今、運転中ですか?」
「いや、ナビの羽村が運転してくれていて、ナビシートに座っています。」
「マシンも良い仕上がりだそうですね?」
「はい、HP見てください。1号車で前年比100kg、2号車は400kgの軽量化が出来ました。エンジンはパワーアップしてないけど、軽量化の効果は大きいから」
「今年はさらにカミオン部門がすごいことになっていますね」
「そう。FIAに今年提出されたクロスカントリーのホモロゲは全部で52件あって、そのうちカミオンだけで27件。すごいでしょ。他のカミオンはモトクロッサーみたいになったよ。」
「バイクの人たちもみんな元気ですか?」
「ひとり外人だけどカイザーが連れてきた人ね、YAMAHAの2駆のWRで出るよ。みんな元気ですよ。川合さんは急遽出られなくなったんで、残念だけど」
「リスボンにはいつ着くんですか?」
「今日はスペインに入って泊まって、明日さらに800kmほど走ります。」
「気をつけて下さい」
「はあーい、皆さんにもよろしく」


2005/12/27 (火曜日)

寒い毎日が続きます。小春日和な日の多い松山でも、「なんか毎日が2月みたいな感じじゃね」でヨーロッパは暖かい。そういえばヨーロッパが記録的な猛暑の夏だった一昨年は日本の夏はまあ比較的過ごしやすく?・・・夏にはいないことが多いくせにね。その逆で猛暑の今年の夏は、ヨーロッパは涼しかった!行ってないけど。

昨年は砂嵐に悩まされたパリダカも、今年は大丈夫だと思う。それらに全て影響を及ぼすのがジェット気流・・・偏西風ともいうか。で秋に日本に季節外れの黄砂を運んできたのもこの偏西風の気まぐれな蛇行。エヴェレストの山頂に雪煙をアゲルという事は、8000mの高空を吹いているわけです。日本とヨーロッパを結ぶ航空路も、帰り便のほうが早い!のもこの気流のなせる業(だと勝手に思い込んでいるので違っていたら訂正してね)あの秋の黄砂のときに僕は嫌な感じを覚えた・・・「南下しすぎておる、このままじゃこの冬は北極の寒波が日本を襲う」なんて!後から勝手に言ってるんだけど・・・。

とにかく何が言いたいのかといえば、次から次へと伝えられる異常気象、環境の悪化、もう地球のキャパシティはメイッパイだよ!日本は人口減少期に突入。知識が自然にエントロピーの法則を知っているのかもしれない。生命はつながれなければならない。それは地球上の全ての生命体に共通の使命である。しかしそのために未来の環境を残さなければならないという、表裏の命題も併せ持つ。焼き畑農業的な地球の人口計画は、もうすぐ破綻寸前に来ている。中国の発展は、耕作可能な土地にビルが立ち並び、田舎は表土流出の砂漠化が進んでいる。ビルを建てるように木を植えているが、浸水するボートから手で水をすくって取るにすぎない・・・様な気がする。

中国・・・なんにしてもボクはこの国に悩まされる。大げさに言えば、だけど。

きょうの一枚
で、エコチャレンジ。2002年のTDNのスマートエコチャレンジに端を発するSSERの試みも2005BTOUを経て、いよいよ進化していきます。どうかモータースポーツの新しい価値の創造にご参加下さい。未来を拓くフロンティアがそこにあります。そんなこんなで次のエントラント情報局では、チームACP横田紀一郎さんの年末年始スペシャル・ロングインタビュウ・・・オタノシミニ。
またリスボンに向かう途中のスガワラサンとも電話がつながりました。生の声とは行きませんが、こちらのOVでご紹介します。


2005/12/26 (月曜日)

クリスマスが明けると急にパリダカモード、チームスガワラも今日はリスボンに移動を始めた模様。イベリア半島中北部は地形学的にもバハ・ポ−チュガルなどロングディスタンスのレイドイベントができるほどです。つまりリスボンをスタート地点に選んだ時点でASOは「しめしめ」と、ヨーロッパで今までには考えられなかったほどのハードなステージ!が計画できると喜んだことでしょう。しかし一方で近年のバイクの航続距離、250kmへという動き。ということは500kmを超えるSSには2箇所の給油のポイントが必要になってきますね。

で、今回の2006ダカールを主催者的な視座で見ると、SSの距離が極端に短くなってきているのが恣意的です。いやけして批判するのではありません。で、最長でヌアクショット−キファの599km、続いてアタール−ヌアクショットの508kmあと499kmが1日444km1日、で平均すると一日あたり320kmのアベ(優勝タイムは40時間をきるくらいか?)あと300km台が6日200km台3日、それにヨーロッパステージ2日間とビクトリーランの1日。ボクなりにラリーのタイミングチャートをシュミレーションしてみると、かなり合理性が台頭してきたことが伺えますな。これは運営側にとってもかなり良いことで運営余力が確保できるはず。

ひとつには昨年の季節外れのサンドストームの日々、これは過酷だったことでしょうし、1ステージで大量に未着車両やリタイア車を出した場合の救出作戦の展開に余力を温存するという考え方で、高いリスクを低いダメージで抑える計画の現われのように感じます。

もうひとつの心配事はここのところのマリの不安に加え、モーリタニアの不安定感でしょうか。映画サハラ「死の砂漠を脱出せよ」・・・平井商店街でDVD紹介済み・・・ではマリの軍隊のリアリズムが垣間見え、バマコなんて出てきますよ。そしてパリダカが走るのはこういう場所なのだということが良く分かります。世界的な不安定感は、振り子のように収まったり激しく動いたり、行ったりきたりを繰り返しているに過ぎないような気もします。こうした不安定な地域に30年近くラリーを通し続けたフランス人に、敬意を表しつつも安全を祈りたいと思います。

きょうの一枚
ニジェール川でマリの女性たち、セネガルかもしれん。こんな写真はなぜかたくさんある。90年頃のパリダカのころ・・・映画サハラはこのニジェール川が汚染されるというのと南北戦争時代の金貨探し?というへんてこな組み合わせが面白い。


2005/12/22 (木曜日)

齋木雅弘さんから本が届きました。タイトルは「親父と夢駆ける」新風舎刊。とりあえず斜め読みしました。それは2000年の第6回ラリーレイドモンゴルにジムニーで初挑戦した時の痛快?ドキュメンタリーなのですが、大学で講師を勤める彼ならではの冒険や挑戦、夢に向かうアプローチを、豊富な読書量の中から組み立てた構成。序章ではティエリー・サビーネの事故を引用し、アカデミズムの嫌う運命論を論文のごとく展開する。ラリーと言う興味からそれを受け入れるならば、実に興味深く、ひいてはそれが親子と言う観念に至る。その親子の心の機微が描き貫かれているのである。それは会うと早口で話す彼の語り口に似たアップテンポな文章展開で気持ちがいい。SSER 2DAYSの翌日の朝、彼が迎えに来てくれて旭川空港から芦別へ向かうクルマの中での話を思い出した。・・・いや、しかしそうした彼の理論的な話を支えて昇華させ続けるのは、何よりも素直な父への思い。苛酷な環境の中で襲い掛かるトラブルを通じて、深まっていく理解と信頼。信頼されたいと願う息子の行動科学も興味深いが・・・いやもう素人書評はこのくらいだ。ぜひ皆さんも読んでみてください。来年はこのHPにも何か連載してもらおう!!博士論文が忙しいのだと思うけど、コミュニケーション理論やゲーム理論のミニマクス理論とか。カオス理論は出てなかったけどどう?とにかくこの正月にお勧めの1冊。いや、ホント。

きょうの一枚
今日の一枚は、そんな読書中って立ち読みかい!コラッ!!なボク。


2005/12/21 (水曜日)

「まあそれにしても、1週間は早いなあ」と思うのも、毎週水曜日発行のSSER-MAIL-MAGAZINE!今日はその発行日。こうして定期的な発行物を持つというのは、時間の物差しを持つことに似ています。でそのメルマガ、もっと本格的に楽しいモノにしようと、どうやら画策中の模様。2006のメルマガ!期待しましょう!それにしても、新しい連載やら情報やらをどのように展開していくか・・・他人事のようですが、興味は尽きません。いや、それにしてもSSERのHP、メルマガ!って、良くやっていると思いませんか?ボクは「なににしても続けるって、すごい事だなあ」と、しみじみ思います。ちょっと手前味噌になりました?!

さてそれにしても2005大詰め!26日にダカール出場でヨーロッパに向けて出発するという、眠たいこと言ってるI崎くんに、「ダメ!そんなことじゃ。」とお説教?やっぱコンディション調整のためには1週間は必要。しかしそんなことに無頓着な彼は、それはそれで大物かもだ。それでも時差ぼけは、ならない時はならないけど、ひどい時はひどいし・・・それ以外にもまだ日本に居るエントリー予定者もチラホラ・・日本が寒いから多分ヨーロッパは暖かいかもですが、とにかく気をつけてくださいね。ボクもリスボンは行った事がなくて、行って見たいところリストに入っています。ユーラシア大陸の最西端ですものね。グーグルアースでリスボンを見てみると非常に面白い地形をしています。湾なのか湖なのか不明な湖?いや湾の北岸に街が形作られています。しかし市街地は北アフリカのメジナのようなつくりで興味を覚えます。街の中に飛行場があるのですが、湾を横断する大きな橋が架かっています。その橋を南に渡ると大きな滑走路が三角形にあるおそらく軍の飛行場でしょうか、乾いた白い石灰質のようなイベリア半島独特の土地の上に広がっています。都市計画的には古い中世の町並みのままのような気配で、とても興味を覚えます。で、何が言いたいのかと言うと、やっぱりこのグーグルアース、すごいね。1ヶ月くらい前に新聞で、数カ国が精度を落とせとか、文句言っていると書いていた。東京は平和なのか、最も精度が高いような気がするね。

旅の前に必要なものは、こうしたイメージトレーニングかもですぞ。アフリカに延びるラリーのルートを、こうしたサイトでシュミレーションして見る。モンゴルのゾーモットも「ふふん、こうなっていたのか?」みたいに謎が解けるんだモノ。

きょうの一枚
クリスマスのイルミネーション、って2年前もきょうの一枚で使ったけど・・・。


2005/12/20 (火曜日)

TDNって、ツールドニッポンのことですが、2002年から3年間にわたって開催しましたよね。最初は芦別集合出発で、宗谷岬を回って本州、そして九州の最南端へゴール。2年目は2パートに分けて、奄美大島から信州・白馬までと、北海道から白馬。3年目は長崎から北海道まで回って、最後は東京。この3年間というもの、異常なまでに日本を走り回りました。

そんで、ナニが言いたいのかと言うと「酸ヶ湯」青森県の八甲田山近くにあります。春先の試走のときは高い雪の壁の中を行きますが、素晴らしい湯なのです。で、昨日のニュースでは酸ヶ湯は2.3mの積雪!!あのヒバ千人風呂は大丈夫だろうか・・・といささか心配。TDNの度に必ず寄っていったものです。下北半島では、試走中に日が暮れて近所の温泉郷に飛び込んでみると、これが名も無き「下風呂温泉」泊まった宿は、確か「さつき荘」「えーっと、公衆浴場と内風呂とどっちがいいですか?」と聞くと日本語と思しき言葉で「どっちもいいけど、内風呂は今年電気をつけたから・・・」「???」で偵察班(といってもひとりだけど)を出すとすぐさま帰ってきて「グーです。」「グウー?!」(死語です)というので飛び込んでみたら、これがまさにグーです。秘湯ガイドにも絶対に載ってない秘湯中の秘湯・・・って寒いので、今日は暖かくなるOV温泉特集。あー温泉イキターイ。

きょうの一枚
夕暮れのゾーモット、えもいわれぬ不思議な空の色に魅せられてしまいます。こんな場所があるのだなあ、と感じることしきりです。


2005/12/19 (月曜日)

BTOU2005にカナダから参加したローレンスさんの影響はすごい!というのもカナダからの資料請求の多さ!カナダでは彼は著名なモーターサイクルジャーナリストなのです。・・・淡々と競技を進めていく姿はただ者ではありませんでした。

ローレンスさんというのは、ガストンが2年目につれてきた盟友、かつてのBMWワークスライダー(フランス警察大統領護衛隊隊長)レイモンド・ロワゾーさんの雰囲気に似ていました。そういえばロワゾーさんも2年目に自身の長男をメカで同行させていました「あのモンゴルの風景を見せたい」と。あの背筋の延びた姿と立ち居振る舞いに、感動したものです。

こうしてヨーロッパからまた北米からの参加は、なにかとハンディが少なくありません。それは言葉の問題や輸送通関、食事やラリーの中の文化の違いなどと、まるで初期のパリダカの日本人の苦労に似たものさえ感じます。でもボクたち主催者は余裕の無い中にあっても、そうした参加者への目配りは怠らないようにしています。が、ローレンスさんの場合は、こちらのほうが温かい視線で見守られているような不思議な感じがありました。大人の男の余裕のような・・・で目が合うやいつも「OK?」「OK!」の繰り返し。その感覚も実に気持ちのいいものでした。

終わった後でスタッフから聞くと「ローレンスさんは、ほとんどビバークの食事が口に合わなくて、大変だったらしい」そうで、でもボクにはそんなそぶりを全く見せなかった。試走中にテルクンが「夢、見ましたよ」「どんな?」「ローレンスさんが、ビバークで食べられる物が無い!って困っている・・・」「・・・」というようなことで、かつて僕らはパリダカで食べる物が無くて困ったんだ・・・なんてバンカラなこと言ってないで、今回からはケイタリングをレベルアップするといって頑張っています。毎回言っているけど・・・。

きょうの一枚
そのローレンスさん。なんか映画俳優みたいでしょ。スパイものの・・・で、その何を食べてるのか、まさかお茶漬け?じゃないでしょうね。


2005/12/16 (金曜日)

なんと週末は大寒波の予報!でも今日の四国地方は、そんなに寒くないですよ。フランスからはチームスガワラの写真が届きましたので、今日の一枚でいち早く報告。チームスガワラのルマンの郊外にあるガレージは、広くて快適。カミオンが3台入って作業が出来ます。ルマン24時間を戦う日本のチームにも夏は貸している(た?)らしいし。で、そもそもルマンというのは、パリの西200km(あっ、うそ適当に書いた)オートルートで1時間半くらいで行きます。街に行けばそんなにおいはあまり感じられませんが、そこはモータースポーツのメッカ。ルマン24時間のときにだけサーキットになる市街地コースは、ガードレールも2段になっているし「おお、ミュルサンヌ」とか「ユーノディール」とかって感激に浸るのですが、その刺激的な名詞は、何のことはない松山で言えば「重信の直線」とか「川内のコーナー」とかってなのです。

で、まあ夏にでもこの地を訪れたら、いいですよ。そしてサルテサーキットに行くと自動車博物館がありますね。その近くにはレーシングスクールやレーシングガレージが・・・サーキットに飛行場もあって、世界で最初に飛行機が飛んだのもココだそうで、記念碑がありますよ。ルマン24時間には自家用機で観戦に行くことができます。まあそんな素晴らしい環境にガレージがあるのですから、恵比寿の本社下の作業場が狭いのではないか?とご心配の皆さん・・・って何の話?さらにルマンの話を書くと、たぶん前にも書いたけど「栄光のルマン」冒頭部分でナローポルシェ(妙に車高の高い)に乗ってスティーブ・マックイーンがミュルサンヌを走っているところが、ナゼだか胸を打ちます。それは前年のルマンで死んだ男への弔意を表す走行シーンで、クルマを現場に停めて(忘れた、違うと思うけど)花束?を捧げます。ここでこの映画は、レースにおける男たちの刹那の闘いを描いてるんです。

さあ、ダカールも近いというのに話が変な方向に行きそうになりました。ぼくたちは2006ダカールに臨む全ての参加者、とりわけ日本からの参加者に心からエールを送りたいと思います。そして最善が尽くせますよう。

きょうの一枚
そんなわけでチームスガワラの雄姿。2号車もアルミボディを纏い、カッコ良くなったすね。オランダのデルーイ親子VSスガワラ親子・・・マシンのハンディはともかく。頑張るのだテル!


2005/12/15 (木曜日)

ホント寒いですね。明日から新企画BTOU2006エントラント情報局がスタートッ!で第1弾は既にエントリーの準備やマシン制作が進んでいる前回ミニで大注目の田中さん。メールが届きましたので紹介します。

エントリーは、なんとミニ4台!!で・・・

「テーマは前回はモンテカルロラリーだったんですが今回はミニミニ大作戦です。
トリコロールカラーの3台+1台の4台体制」
「完走率は0.5%だと思っていますが・・・」
「0.5%って、それじゃあ200台出て完走1台って事ですか?」
「そんなもんかもしれませんね」
「・・・・・」

で、田中さんは

「今回はナビをします。ドライバーはうちのスタッフで女性です。」
「!!!」
「92のミニを1300から1000に積み替えて、ボディカラーは赤。これが北川/田中組、そして青いボディカラーは渋谷/矢野組、91の1300を1000に積み替えます。そして白はもうひとりの北川/細川組、88の1300を1000に。もう一台はオレンジに仕上げる予定で87のミニ、チェルシーです。」
「それも1000?」
「1000の方が燃費が良くてエンジンの安定性も良いんです。」

そういえばエコチャレンジ部門でした。非常にセンスの良い田中さん、きっとステキなチームでエントリーすることでしょう。チームの目標は?と聞くと、完走とかって答えが返ってくるはずなんですが「ゴミを出さないことです。」ときっぱり、さらに「ゴミになって捨てられそうなクルマを直して走ることもゴミを捨てない。というコンセプトです。」とのこと・・・最近たくさんのゴミを捨てた(いや、ちゃんと業者に出したんですよ)SSERとしては耳の痛い話に。で、みんなサラリーマンで普段のアシもミニ。でも今回はそれとは別のそうした古いマシンをしっかり作りこんで参戦。思いがけないパフォーマンスを発揮してくれることでしょう。

こうした情報は、これからはこちらのHPのBTOUのコーナーで紹介をしてゆきます。既にエントリーをお済ませの方には、アンケートのお願いがあると思いますので協力よろしく!です。

きょうの一枚
今日は4台の中から渋谷/矢野組をご紹介。シルバーの91のミニはご覧の通り改造中!完成されるとブルーにペイントされる予定。いいね。


2005/12/14 (水曜日)

ううう、寒ーい。この強烈な寒気団は、ムッホの家族が連れてきたものらしいです。で、今日の午後の便で彼らは帰ったので、親衛隊の寒気団も大陸奥深くに引っ込むことでしょうよ。これで少しずつ暖かい普通の冬に戻ることでしょう。しかしマイナス30℃の国からやって来ても「日本は寒い」そうで、屋内はモンゴルや北海道のほうがはるかに暖かいのですね。しかも24時間!!

ところで大清掃が続くSSERでは、延々と事務所の片付けと倉庫!の整理。なんと100坪超の倉庫にはラリーの備品がびっしり!テントから発電機・・・厨房器具やらパラソルセット、コースマーカー、杭などなど。長年のラリーで使用したタイヤやオイルなどは、やっと完璧に無くなった。ゴミの処理ほど気持ちがいいのと引き換えに、むなしさが漂うのはどうしてだろー。こちらも100坪以上ある広さの工場のほうも、例の改造を前にゴミの撤去がほぼ終わった模様。でもまだ鉄くずやパーツ類などがたくさん。でもさらに年内一杯はこの調子が続きそうであります。

テレビでちょろっと証人喚問を見てますが・・・「あきまへんな」国会議員はんは自己主張がしとうて、自分の意見ばっかり言うて、肝心な証言が全く聞けてないんじゃありませんか?まあここらは夜と朝のワイドショーやらニュースやらで、たっぷり聞くことになるでしょうからご愁傷さま。

きょうの一枚
あっHP2到着の報・・・最近体力の低下と視力の低下のボクのブルワーカー(フルッ)になるか?


2005/12/13 (火曜日)

 

なんのかんのと言っているうちに12月も半ば、ということは2005年もあとわずか!パリダカのシーズンがやってくるのは楽しみなのですが、歳をとる、というのはもうそろそろ、いいかなあっと思う今日この頃。そういえばパリダカやっている頃はそんなこと考えもしないで、気がついたら何年も経っていたみたいないい意味での浦島太郎状態・・・スガワラサンは多分知らないと思うけど、元旦はもう日本では「明けましてオメデトウ」なんて誰も言わないし「お雑煮は法律で禁止されたんですよ」(ウソ)ってウソって書かないと「そうなの?」と思いかねないほど、4半世紀も日本のお正月を知らないんですよ、あの方は。気がついたら25年だか26年だかパリダカで越年しているわけです。そんな僕たちは師走の寒風が身にしみます。

さて、そのパリ・ダカール。篠塚さんは今大会限りの引退宣言!増岡V奪回宣言。そのほか4輪部門には三橋と池町が、日産とトヨタでガチンコ対決!!スポーツは因縁の対決があるからオモシロイのであります。今年はちょっと予想困難かな。日産のプロトが壊れなければ速いんだけど、信頼性はトヨタ、で池町は壊さない運転が出来る。当然2人はトップ10入りを目指すはず。待てる池町と攻める三橋・・・三菱のような体制なら三橋(ジャレ)で、我慢大会なら池町。でも2輪出身の2人が大活躍!して世界をあっと言わせてくれることが、何よりも愉しみ!その為には「最初は処女のごとく、後には脱兎のごとく」だ!話が変わるけど、最近のTVCMのナンバー1は松下の石油ファンヒーターの回収の案内。チャラチャラしたCMの中で燦然と光る!!15年も前の商品なんて時効もいいとこだ!って開き直らない姿勢に200億を投下した以上の広告効果あり・・・好感度急上昇間違いなし。どこかのマンションやさんみたく無いのがいい。でも問題がひとつ「やっぱなんでも大手の物がいい」という神話が再び日本を横溢し尽くしちまう。大手は金がある・・・でもその金は賢い消費者であると思っているあなたたちが、いや僕たちが「安い!買っとこお!」なんて飛びついたものの儲けが積み重なったものであるというところは知っておきたいなあ。

きょうの一枚
空撮で見るハラホリン、エルデニズー寺院。オゴティ・ハーンが草の海に造営したかつてのモンゴル帝国の宮殿を取り壊して作られたもの。かつてモンゴルのハーンらを定住させようと試みた中国人らの企みは上手く行った。さまざまな遺跡の残る世界の王らとは違い、彼らはほとんど何も残さなかった。草原に生きる民の思想は今もなお続いているのだが・・・・


2005/12/12 (月曜日)

 

週末の旅から帰ってきました。旅のお話は後半に。旅の途中でサッカーワールドカップの組み合わせ抽選のニュースを聞きました。各局でものすごいボリウムで取り上げていて、きょうの月曜は新聞お休みなので日曜日の日経を見ていると、なんと見開き2ページ「サッカーワールドカップ組み合わせ決まる。日本組み合わせにツキ、ジーコ“初戦に集中”」・・・「それって、いつから始まるの?」「来年6月!」どうしたの?マスコミ・・・。

最近の少子化の原因のひとつに「自分の子供が犯罪加害者になるのが怖い!」というのがあって、それはそれでよく分かるのですが、この原因もマスコミにあるなあ!と感じます。このところは、世にも凶悪で理不尽な事件が多いのは多いのでしょう、でマスコミが大キャンペーン張るから、宝くじの確率よりはるかに低いそうしたことが、まるでかなりの確率で起きて、かなりの確率で自分たちも被害者や加害者になりかねない!という錯覚を覚えるように感じます。

そしてムッホの長女(小学1年生の女の子)が日本に遊びに来ているのですがレストランでも「暑ーい!」とか言って、お店の外に出て行っちまうのです。とボクはもうビックリ「ダメダメ一人で外に出ちゃあ」ムッホたちは「???」「だめ!小学一年生の女の子は日本では必ず誰かに連れて行かれる!」・・・とマスコミ報道でそう植え付けられているのは、何を隠そう・・・ボクなのでありましたな。

で、その週末の旅というのはその子供たちにプレゼントしたものでありました。子供というのは洋の東西を問わず同じようなものなのですが、日本の子供がもうなくしてしまったものをたくさん持っています。無くしかけた美しい日本の作法やプロトコール???(コンピューター用語のおかげでいろんな言葉が意味が変換されてしまったわい・・・)のように、近年のさまざまな変化にさらされ不安で不穏で・・・そんな日本人がモンゴルの子供たちに教えられることは少なくはありませんでした。

豊かな人と自然が織り成す・・・といえば日本の田舎に掛かる枕詞だったのですが・・・この言葉はモンゴルの民に捧げたいと思います。日本の漁師さんたちと数時間過ごしましたが「日本にもまだ、チャンとしたトコロとちゃんとした人々がいるのだなあ・・・」と感じたのです。ムッホたちは彼らに遊牧民の姿を重ね合わせて見たのです・S先生有難うございました。厳しい自然環境と向き合って暮らす人々は、おのずと他者に対して優しく居られるのです。

都会で犯罪被害だ!加害だ!詐欺だ!偽装だ!インチキだ!隠蔽だ!と、常に他者からの被害に対して過敏になっていては、素晴らしい人格は形成されにくいかもしれません。で、結局お金を持っている人がエライ!という資本主義のパラダイムという、悪天候に脆弱な泥のような船で沖に出るようなこと、それが今の日本の社会の多く、なのではないかと考えたのでした。

BTOU写真集、まあまあ好評の様子。来年はさらにパワーアップするけん。

きょうの一枚
その日曜日のムッホと娘の筏での釣りの風景。結構つれましたがな。

 


2005/12/09 (金曜日)

写真集が出来上がって既に発送が完了、と報告があったのですがボクは出張中で仕上がりを見てません。二人のカメラマンの作品を使ってるのですが、デジタルと通常のポジフィルム。空の青を意識して色を作ろうとする一人と、空撮中心にラリーのリアリズムを追っかけたカメラマン。どちらもそれなりのメッセージを伝えています。でもチョイスしたのはボクで、実は写真の良否で選んで構成したわけではありません。さらに二人のカメラマンはオフィシャルとしての仕事が優先されていて、レントゲンの撮影と現像や、行方不明などのリサーチなどを担当したため、パーフェクトではなかったかも?です。でも来年は10周年のパワーアップ写真集!と、できることなら2回大会以来の地上波全国放送を目指しますよ!皆さんの応援をお待ちしてます。

きょうの一枚
今日の一枚は写真集です。


2005/12/08 (木曜日)

 

ちっと関西方面に出張にお出かけ前の一瞬に書いています。

このOVも、いったい何篇書いたことでしょうね。バックナンバーを振り返るとこの数年間の自分の思いや悩みが、性格悪いからストレートに・・・ではないのですが読み取れて、恥ずかしくなったり、誇らしく思ったり。またガストンの悲報には言葉のない・・・・で、いまやとても大切な物になりつつあります。世はブログが流行ってて、ドンなものかと言うと、なんかOVもブログ的なものだったんだと思うんですね。要は時間と共にタイムカプセルのような物をたくさん持つことが出来るようになった現代人、どれだけ心からの真情を吐露していけるかが問われますね。

チョコット話が変わります。アグリのF-1参戦に待ったが掛かっているというニュースを今月初めに聞いたような気がします。とんでもない金額を保証金で積まなければならない!F-1の参戦。頑張って欲しいと願うものの「なんだかなあ・・・」とも思います。もうひとつ、最近名前聞かないので「どうしたのかなあ?」と思っていた元スバルのリチャード・バーンズが34歳の若さで最近ご逝去されていた様子。脳腫瘍だったそうです。ご冥福を祈ります。われわれをそして世界にスバルの人気を高めてくれたことには日本人としても、端っこでモータースポーツにかかわる人間としても。

最近「坊ちゃん文学賞」の発表があって、もちろん僕は落選。「若い女の子しか取れませんよ・・・」「いやそんなんじゃなく単に実力の問題で・・・」だってボクの内容は30年以上前の若者のお話だものね・・・そのうちこちらのHPで連載しよかな・・・ってやめとこかな。

きょうの一枚
ボク達の大好きなゾーモットの木。それにしても不思議で、あの大地の中にナゼにこんな場所があるんでしょう?南に70km下れば恐竜の谷、もう少し下れば新疆ウイグル自治区・・・ナンという場所なんでしょう。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』に「エスエスイーアルオーガニゼーション」とか「ラリーレイドモンゴル」とかでてるって・・・て言うんで見てみたらビックリ・・・誰がこんなに精密に・・・「自分で書いて・・・自作自演でしょ!」と疑われかねない内容。僕たちより詳しい。


2005/12/07 (水曜日)

 

SSERのオフィス改造計画も山場を迎え、ライダー兼大工の○○チャンが連日作業をしてくれてるのは良いのですが、作業の音(笑い声なども含めて)がうるさくて仕事にならないのが難点!です。倉庫の大片付け!工場の改造計画のための大掃除!あまりにも作業量とゴミの多さにすっかり疲れてるSSERのメンバー達でした。

さて本日の本題。年末になると恒例のさまざまな「発表モノ」がありますが・・・今日は日経「2005年ヒット商品番付!」をひやかしてみましょう。東の横綱は「i-pod」に対して西の横綱は該当ナシで・・・本物の大相撲のように海外モノ・・・の一人勝ちだと日経は断定したわけです。大関は「株式ネット取引」と「クールビズ」「???」その中で気になったのが「ロハス」小結に。「なんじゃそれ?」とお思いの方も多いでしょうが「ロハスな生活」とか「ロハスなライフスタイル」という風に使いますが、ハッキリイッテ、ボクはこの言葉が嫌いです。

もう自分自分のライフスタイルをマーケティング的にカテゴライズされたくないと思うのであります。あっいやボクはこのカテゴリーには入りませんので・・・・ロハスとは健康や環境を意識した生活らしく、少しくらい高くても健康に良いものや環境に良いもので暮らすということのようです。という事はうちの母なんか超ロハスな人になりますな。でもボクは全く違う!のであります。デザイン的な要求が満たされなければ自らのニーズは成立しないし、ちょっと高くても・・・という物言いが安っぽすぎちゃう。ひどいと思ってたクールビズよりひどい言葉で、仕掛けたやつがいるに違いない、雑誌だろうけど。百貨店が店内スラングで使えば良いのに。大体において語源が分かりにくく、言葉の意味も不明。こんな単語を流行らされてもねえ。で、本当にこれらがヒット商品なのか!?商品とはなにか?モノとことの定義をもう一度ハッキリさせないといかん。そんな事を言うのなら国民が今年一番ヒットさせた商品は「自民党」で、これもまた商品みたいなものだと思うのであります。それを証拠にに流行語大賞とヒット商品番付がかぶってるということですね・・・ヒット商品番付には、実際商品らしい物はi-podくらいなもので、ってもう言うのやめよう。

きょうの一枚
さて来年のBTOUの企画書も出来たし・・・というわけで企画書の中に紹介のために掲載したのは、ACP製のグッドイヤーの4枚組みポスター・・・ボク的には「ナミダモノ」ですね。


2005/12/06 (火曜日)

 

昨日の続き・・・

2日目のスタート予定時刻は午前6時!を1時間遅らせることにした。スタート時には雨もやや小降りになってきた。初夏の雨なら雨情もあるのだが・・・足摺岬界隈も煙っていた。丸みのある水平線はぼやけていて太平洋の黒々した美しさは望めなかった。椿咲く足摺のボクの好きなウバメガシのトンネルの古径は20年近くに及ぶTBIの懐かしい思い出がぎっしり詰まってる。2回大会は万沢ヤスオさんを横に乗せて走った。3回大会の頃はパリダカで負傷してリハビリ中の山田シュウセイさんと5回大会は横田紀一郎さんが僕の横に乗って、この古径を通った。覚えていますかね?みなさん。そしてやがて空の青が雲の切れ目から覗き出した。「おおっ」見事に太平洋は美しい色に!無線と携帯をフルに使って進行先の天候の状況を聞きながらこの天候の回復が本物かどうかの確認をした。

予定のCP1は土佐名物、日曜市・・・子供の頃から良く出かけたもので、いったいいつの時代から続いているのだろう?そのCPにはひとりを車から落として先に進むように連絡。さらに先の道の駅にも1名のスタッフを落とす。クルマはSSへ向かわせる。本来キャンセルするはずのSSも、ギリギリまで天候を読むことにしていて、常にその際のシフトのことは頭に入れておいたが、スタート・ゴールそれぞれに計測用のデータシステムを持たせてないクルーを向かわせざるを得なかったが、このことが後には功を奏した。

うっすらと積雪の残るこのSSも、今回のとっておきの場所だった。分岐にクルマを停めて全員が駆け抜けるのを見送った。ラリーで最も大切なことは、自分との戦いだ。早く走ることよりも求められるのはセルフマネジメントといえる。今回の参加者は、実に良くそれが出来ていた。ゴールには手書きのデータがFAXされ、われわれがついに横殴りの大雨しかも霙混じり!になった高速をゴールに急ぐ頃にはリザルトは出来ていた。

ゴールは悲惨極まりない有様。キャンプ場から締め出されたわれわれは駐車場の避難民キャンプのような閉会式会場に辿り着いた。お役所仕事のキャンプ場運営をののしりながら・・・TBI2DAYSという、不確かで不思議なフォーマットのこのキャノンボールにも似たこのラリーは、無事にゴールした。走行距離で言えば1週間で走るTBIの半分になる勢いだ。いかがでしたか?あい対したのは、四国の自然とあなた自身ではありませんでしたか。帰路では吹雪かれましたね。

お疲れ様でした。

きょうの一枚
ちょっと閑散とした感じですが土佐名物日曜市のもう端っこのほう。売ってるものは本当に長年変わらないですね。高知生まれのボクの母は、ゆずの絞ったビン入「ゆのす」と言うんですかね。を買って来いといいます。そんでそれは酸っぱいお寿司「すもじ」と言うんですね?を作ります。


2005/12/05 (月曜日)

 

TBI2DAYS・・・あの夏の記憶が脳裏をよぎった方も少なくはないのではないでしょうか?カレンダーの時点で賛否もかまびすしかった「冬のTBI」・・・それはまさに冬の嵐!の強襲!の前に右往左往する小動物のようなボクたち。でも誤解を承知で言うと、ボクは冬の嵐は好きなんです。あの暗く不安定な空気の中に出現する美しい光、風。そしてドラマティックな夕焼け・・・パリダカに出かけていた頃の12月のヨーロッパが、まさにそんな感じでした。アウトドアにいる時は特別に警戒が必要だけど、ああそれもサバイバルテストと思えば思えなくもない。

しかし、それでも1日目は好天に恵まれ、前半の一部はやむなくルート変更となりましたが、徳島から高知へ抜ける林道の美しさには、チョビット感動しました。そこからは全て海沿いの道・・・鯨が泳ぎよる・・・と歌われた浦戸湾も一跨ぎして龍馬の銅像を見ていった人も居たかしら?で、どんどん西へ。横浪あたりじゃ西日に目を細めながら先を急いだことでしょう。やがて西の空に宵の明星がひときわ明るく眺められるようになった頃、夜の闇の中で四万十川の頼りない沈下橋を渡ったことでしょう。最近は白線が新しく引かれたので、落っこちそうになった人もいなかった事でしょう。そして25.77kmのSSはSSER史上国内最長タイ!(過去に26km林道というのがあって、見てみるとこの時のSSが25.7km)まあ珍しくタフで、しかも分岐多いけどSSERみたいにコーステープは張ってないし・・・でトップグループも40分くらい!!かかって「ヒーヒー」言っていた?!前半が特にきつくて「25.7kmって、こんなに長いの?」と思ったけど口に出した人は僅か。ということで四国内最長級の1DAYS490Kmは静かにゴール!!流石にオフィシャルミーティングの開かれるレストラン?あたりで、いつまでも声を上げてるエントラントは常連の体力自慢だけ・・・・・。

翌朝は雨の音で目覚めた方も・・・「ウッソー・・・」で作戦会議。思考完全停止状態で出した回答は「ブリーフィングを1時間後の6時30分に変更して天候待ち!なんと早起きスタッフは出動!している。「あっ、来客だ。」(続く、続かんかもしれんけど)

きょうの一枚
TBI2DAYS・・・土佐湾12月3日午後3時。天気晴朗なれど波高し・・・あちこちにアザラシ状態のヒト発見!!ナゼに彼らは・・・。