事務所の前に路線バスが停まった。駐車場は広いんだ、エヘン。
バスの運転手が駆けて来て「乗客が血を吐いてひきつけを起こしているので救急車を呼んだ、しばらく駐車させてくれ。」その慌てぶりに驚いて、バスの中まで覗き込みに行った者が「危険な状態」と、また僕を呼びに来た。「呼吸は?」「いえ、してません」「じゃあ人工呼吸は?」「してません」なんて言いながらバスに乗ってみると、全ての乗客はなすすべなく見ているだけ。
なぜ韓国には徴兵制が?なんて誰かの話もありましたが、徴兵されて教わるものは何も銃の打ち方だけではありません。サバイバルも緊急医療も、いざと言う時に人が何をしなければならないかを習得できます。まあそれはさておき。
僕は顔を近づけてみると、はっきりと呼吸をしています。脈も弱いですが、あります。血を吐いたというから気道に詰まっていないか、喉元に耳を近づけて音を聞くと大丈夫なようです。吐血しているので、それはないとは思うものの、脳溢血の疑いもあるので無理に頭を動かして気道確保をしなくても大丈夫なようです。身体を触ると低体温です。バスは冷房が良く効いています。エマージェンシーブランケットで全身をくるんで、手をさすってあげているうちに、顔に少しだけ朱が戻ってきました。隣に座る年老いた奥さんが、僕の事を医者だと思ってすがるように話し掛けます。
「先生、だいじょうぶでしょうか」
「高血圧なんですか?」「いえ」
「血糖は?」「普通のはずです」
「ほかには?」「大学病院の帰りなんです」
「注射とか治療はした?」「いえ、口内炎で」
「口内炎で大学病院?・・・・お、そういえば口内炎と言えばがん治療の副作用?」
「大丈夫でしょうか?」
「大丈夫、まったく大丈夫。命には別状ありませんよ。」
老婦人の顔を見ると明らかに安堵の色が。
救急車が来てバスから搬出されたその老人は、ストレッチャーに乗せられた時には意識が回復したのか起き上がろうとしていました。バスはおそらく20分くらい遅れて、次の停留所を目指して走り出しました。
なぜかこういうシーンに僕は良く出くわします。その時の周囲にいる日本人は、ほとんどの場合何も出来ません。それは、仕方のない事なのかもしれませんが、救急車の到着するまでの約15分・・・それはあまりにも長い時間。意識を失った老人よりも、その老妻の表情が、僕の心を射すくめて脳裏から離れません。
台風21号が上陸。風雨が強まってきています。林道の中がとっても心配です。
きょうの一枚
End of control zone
フラッグと月。この写真を見て胸にグッと来るものを覚えたら、あなたは危険です。日没後の砂漠を走り続けて、やっと遠くにゴールの明かりが・・・・オフィシャルカー、回転灯、CPフラッグ、ビバークの賑わい。 |