Organisation Voice 2009/07

 

 
2009/07/30 (木曜日)

「ウランバートル日記その2、7月29日夜」

それにしても青空だ。いったいボクはこれまで何度モンゴルに来て、何日をこの国で過ごしただろう。この国でラリーを始めて、もう15年だ。途中2年間のお休みもあったが、そのときの夏も、やはりモンゴルに来ていたから。

よく眠れる。開け放たれた窓を思わず夜半には閉めに行く。ホテルのベッドが良くなっている。昏睡のような睡眠を10時間くらいとったら、半年分の疲れが取れた気がする。少なくともこのホテル、ベッドだけは国際水準になった。

それ以外は、完璧だと賞することのできるものは少ない。

ヌフトホテルにコンテナが持ち込まれた。ラリーの機材と参加車両が詰まっている。本部隊ごとの荷物と参加者の機材を仕分けする。ヌフトホテルはかつてこの国の迎賓館だった。国立公園の中にあって別荘などを建ててはいけないのだそう、なのだが別荘建設ラッシュ。それらが建てられるほどの財力があるということはすなわち権力と絡み合っているということだ。青空を背景に、山々を眺めると何時の年にもまして緑が深い。草原の緑もそうだ。砂漠化の進むラリールートのことを思った。

今回はほこりが少ないかもしれない。でもその代わりにドライレイクが湿地と化していたらやばいなあ、とか試走のときに苦労した泥濘地、本番の時は完璧にドライだろうよ!と楽観していたエリアも気になる。遠くから青空を移してその湿地は巨大な真っ青な湖のようにも見えた。ラリールートはまっすぐにその湖に向かって延びていた。

遅い夕陽を窓越しに眺めていると夕立がやってきた。気温がぐっと下がり、一日のほこりを洗い流して、またウランバートルの妖しい夜がやってきた。

きょうの一枚

ムッホんちの兄弟。ちょっと大きくなりましたが、かなりおりこうさんです。

 
2009/07/29 (水曜日)

「ウランバートル日記その1」

昨夕ウランバートルに入りました。朝青龍と同じ便のフライトで、ファン太郎はなかなか良い奴でした。ちなみに1日前にウランバートル入りした菅原さんによると、「ビジネスにアップグレードしてもらおうと思ったら、いっぱいだった。で、白鵬が同じ便で一行がビジネスクラスを独占していた」そう。1日違いの便でそれぞれ帰国したようです。それにしても日本とモンゴルの距離感が、彼らのおかげでこの15年間、見る見る縮まったのも大きな事実です。ラリーが始まったころ「モンゴル?そういやあそんな国があるのを聞いたことあるなあ」くらいだったものです。いやもちろん、マニアックな方もいらっしゃったのですが・・・しかし今でも中国の内モンゴル自治区とモンゴル国の違いが微妙なようですね。もちろんモンゴル族が暮らすという意味では、二つのモンゴルも一つなのですが、なんと言っても彼我の間にはゴビ砂漠が横たわっています。清朝末期にモンゴルは二つに分かれたのです。

まあそんなことはともかく、現在は世界不況の波はこの地にも及びますが、明るい話題も少なくありません。世界最大の埋蔵量が確認された金の大鉱脈。モンゴル国のGDPを5倍に引き伸ばすほどの、だそう。5倍って。日本じゃ0.5%伸ばすすべも無いのですのに。

そのほかにもウランやマンガンなどレアメタルの地下資源も豊富。SSERモンゴルスタッフのムッホのお友達が「トルマリンの鉱山を持っているのですが、需要があれば産出します」とか、こんな話がこの国の首都には日常茶飯事。

いっぽう一歩郊外へ踏み出すと、そんなゴールドラッシュの姿もあまり見えず、悠々と牛羊が草を食む姿、幾重にも連なる草丘。時折覗く激しい大地の起伏や見事な造形美を見せる岩山。そう今回のルートのみどころはかはり摩天楼のような岩山や、ダカールのロゴ!とルートブックにも記された奇妙な岩。

短い旅ですが、ラリーでしか見ることの出来ないディープなユーラシア大陸にお連れします。今日税関検査が終わりますからね。明日には参加車両はヌフトホテルに運ばれます。

この7月、モンゴルも各地で異常な豪雨に見舞われました。全国でも沢山の方が亡くなられたそうです。道路もいたるところで流されたり陥没したりして正確な情報が得られていません。ルート上もピストが怪しくなっているのではないかと心配しています。

2009/07/27 (月曜日)

「では、行ってきます。」

この度の集中豪雨、多大な被害に遭われました皆様には心よりお見舞い申し上げます。福岡に住む友人の建築家、さらに篠栗の小鶴さん。お電話では大変のようでした。建築家は職業柄飛び回らなければならなかったでしょうし、ガソリンスタンドを経営する小鶴サンも、復旧現場に「クルマが入らないので燃料を担いで持っていかなくてはならない!」のだそう。

一刻も早い復旧をお祈りしております。

さて、明日よりモンゴルに向かいます。すでに菅原さんは今日の便で。友人の建築家も今日の便でウランバートルへ「???」行っています。

本当に厳しい開催となった2008年。来年こそはと臨んだ2009年。何のことはない昨年よりもさらに厳しい環境になりました。

それでも、継続して開催するということは、ボクの執念ではありません。なにかこう天職のように思っているからです。帰国後は来年に向けて、さまざまな(これまでしなかったような)挑戦をしようと考えています。

TBI、北海道4デイズ、ラリーモンゴリア、SSER2DAYS、チョモランマ・・・これほどたくさんのメニューがあるだけで大変、いえ幸せだと感じています。日頃から応援していただいている皆様、今しばらく体力の続く限り頑張っていきますのでヨロシク。モンゴルからも毎日お伝えしてまいります。

今日の一枚

北海道の抜けるような青空とグラストラック。2004年ガストンのラストランとなった芦別の私有地。今回はカメラマンがいないので、ボクが急遽カメラマンに・・・・全ての写真がボク・・・目が悪いのでなかなか上手く撮れなくなりました。ファインダーは左目でのぞくのであります。

2009/07/24 (金曜日)

「地球に優しく、美しく。不都合な真実の続き」

昨日のこのOVも書きかけ無推敲でなにやら伝えたいことが中途半端でごめんなさい。ただただ伝えたいことは、北海道の美しい自然の中に身を置いて数日間。その緑濃い大地と美しい空気、それだけで・・・それだけでって・・・これほどまでに心が満ち足りた気分になるのか?ということです。でも人間って、そうです。

ことほどさように、自然のもつ治癒効果は素晴らしいものがあります。「地球に優しく」とかって今やっているキャンペーンのたぐいは、ほとんど本末転倒です。人間なんて、地球に対して優しくするなんて立ち位置ではありません。思い上がりも甚だしいもいいところです。

そもそも今の地球環境の破壊なんて、人類の生存環境の破壊という、地球にとっては「どーでもいい局地的なこと」みんなが頑張って、どれほど二酸化炭素だらけにしようと、石油やなんやらを掘り尽くそうと、もっと言えば放射能で汚染しつくしても平気です。ジャンジャンヤンナサイヨ・・・

でも地球という生命体は(ガイヤ理論・・・地球は一種の生命体のようなもの・・・ああこれも最近宗教的だなあ)数千万年から数億年をかけて自らの持つ治癒能力で、元の美しい地球に戻します。惑星外物質の持込による汚染ならいざ知らず、所詮は地球の資源の撒き散らし。だいたい数十億年前は今よりも二酸化炭素濃度は高く!地球の気温はめちゃくちゃ高かったはず・・・知らんけど。でも地球の持つ循環の機能で、すぐに(地球規模の時間で)元の美しい酸素あふれる星に戻りますから心配は要りません。

人類なんて地球にとってその程度のものです。増えれば自分たちで適当に調整(戦争とかで)したり、最後はおそらく増えすぎて食料に困って、また殺し合いをして気がつけば絶滅をするのです。これは間違いのない事実です。絶滅は、避けられない事実。サスティナビリティは、持続可能なのではなくて「その日」を出来るだけ遠くにしたいという願望のようなもにです。

「そんなことは言われなくてもわかっているよ!?」そうなのです、理論では理解しています。しかし現実味はどこにもないのです。それが今のわれわれの科学が知っている現実を、宗教のようなもので逃げている、という不都合な事実ではあります。

きょうの一枚

わがSSERの完成予想写真。勝沼のワイナリーです。葡萄の若葉が風にそよぎ、煉瓦の赤い壁に緑の蔦が、心を震わせます。 

2009/07/23 (木曜日)

「これもまた不都合な真実」

アル・ゴア著「不都合な真実」が人騒がせな本だという話は、良く耳にしたものです。最近は赤祖父俊一(アラスカ大学国際北極圏研究センター)名誉教授、そうオーロラの研究に第一人者による「炭酸ガスの地球温暖化説は誤り、排出権取引は日本を衰退させる」という説が静かに浸透してきています。「おー!大賛成!!」もちろん議論は相当あることでしょうし、だからと言って二酸化炭素の排出をこれからも続けても構わない!というわけではない。

芦別でのこと。

ボク「石炭まだあるのなら掘ればいいではないですか」
先生「いや、まだ掘っています。ただ、日本は今は石炭輸入国ですよ。しかも世界最大の輸入国です。」
ボク「えーーっ」
先生「高炉は未だにコークス(石炭を蒸し焼きにしたもの・・・まあ石炭の中の硫黄分を取り除くわけです)を使っています。発電の需要もうなぎのぼり。」
 まあ調べましたがな。詳しくは資源エネルギー庁のサイトで[URL]
先生「これも国内で石油以下の二酸化炭素発生量に留める技術が確立すれば、エネルギーとして期待できます。」
ボク「というか今でも充分にエネルギー源として石油に並ぶ重要な位置にあるんじゃないですか」
先生「そのとおりです。でもすべては安い外国産の石炭です。」
ボク 「もう一度掘ればいいじゃないですか。海外のものもやがては輸送費人件費さまざまなものの問題で行き詰るでしょう。」

そういえば毎年のように北海道へ行くとこのような話になります。景気は確かに深刻な様相ですが、グリーン・ニューディール!もちろん結構ですが、経営が良く云う「経営資源の見直し」は、そのままニューディールになる可能性を秘めていませんか??

きょうの一枚

モンゴルの大地。目くるめく夏の日々。なんとも贅沢な日々。北海道から帰ったと思ったらもうモンゴルなのよ!でも、厳しい問題も少なくないんですよ、はーーっ


2009/07/22 (水曜日)

「生き抜くためには道具も必要です。」

涼しい北海道、千歳で気温を見たら14.9度・・・松山に帰ると30度。「倍半分ですがな」ところで冬に北海道に行くと、お部屋の中はTシャツで過ごせるのです。まあ24度以上!は確実。なんで夏は14度でジャケット着て過ごして!半袖のボクに「エー、寒くなあい?」なのに冬に行くとTシャツでパタゴニアのインナーなんか着てるボクは、汗かいてて・・・どーして冬の室内気温を14.9度にできないんすかね!ハルキサン!!外気温との差が身体に悪いのですよ!!

いや、スイマセンそんな話を書こうと思ったのではありません。下着のお話。いつかここにも書いたとおりボクはインナーウエアに一家言もっています。子供のころから山に登っていて、夏でもウールのあの分厚いソックス。ウールのインナーを着ていました。汗をかくのは綿のTシャツでもウールのTシャツでも同じです。同じように汗をかいても身体の冷えが問題なのですね。バルト海の漁師たちは脱脂していないウールのセーターで漁に出ます。エスキモーのカウチンセーターも未脱脂。でも冬の海に落水しても直ぐには低体温症にならないのだそう。これはインナーウエアの話ではないけど、モンゴルでは冬にクルマが故障すると、まずは内装とか燃える素材を身体が動くうちに剥がすのだそう。それから整備を始めます。うっかり整備をして寒くなったら、もう身体が動かなくなって、それからだと内装を剥がすなんてことは出来なくなっちゃう。

とにかくスキーなどの愛好家の方ならわかるはずですが、汗をかくということは案外身体を濡らします。つまり身体を冷やさないということが生死に関わることです。北海道の今回の大きな遭難事故も、ボクタチが子供のころに良く専門誌で読んだ凍死事故も、やはり下着の問題が少なくなかったようです。夏でも「ウール+ヤッケ+ツエルト」これはお約束として40年近く前に教えられたこと。今では誰も教えてくれないのでしょうか?さて秋のチョモランマも、来年のTBIや北海道4デイズにはインナーウエアのレギュレーションも加えねばなりませんかねえ。

きょうの一枚

オススメ、超軽量のツエルトMSR製。160g 缶コーラのサイズ。これからはエマージェンシーブランケットより良いかもね。木や岩、ピッケルやLEKIに引っ掛けて使います。これにウールの下着と高カロリーの非常食があればなんとかなります。

今度買おうかなあチョモランマ用に・・・なんて、考えているのがこれ。メイドインチャイナと書いていますがNZのMAXPAC社製メリノウールの速乾インナー。ポリとウールの良いところどり??

2009/07/21 (火曜日)

「無事終了、完走率100%」

A-TEC CROSS COUNTRY RALLY HOKKAIDO 4DAYS、昨日無事に終了いたしました。参加者の皆様には厳しいコンディションの中、見事に全員が完走されましたことに深甚なる敬意を表します。完走率100%と聞くと、あまりにも簡単なもののように感じますが、ハードさは相当のものだったと考えています。また開催にあたりまして絶大なご支援を賜りました芦別市、日高町はじめ各自治体の皆様。道警ほか関係機関の皆様。北日本自動車大学校の教職員学生の皆様。そして日高モーターサイクリストクラブ、ZIP、チームゴリラ、道北STAGS、北海道猛牛組合、ロビンソンはじめ道内のクラブの皆様、本当にありがとうございました伏して御礼を申し上げます。

競技の行方はこちらのウエブサイトで、出来る範囲で速報でお伝えしたとおりです。07優勝の村田竜志、そして08優勝の伊藤聖春、そしてTBI'09優勝の前田啓介を中心にレースが展開すると思われたのですが、見事なパフォーマンスで加原裕士が前半戦を制して大きく展開します。それにしても最終日までもつれにもつれた秒差の戦い。最後の千歳のSSでは地元勢と道外勢のハンディを少なくしたいというルート設定が、さらにタイムを詰まらせていったのでした。

最終SSで優勝が決まるという展開は、伊藤、村田、前田、加原の4人が3分20秒台。僅かばかりの差で前田が昨夜に確保した首位をキープ。加原はわずか5秒およばず2位。そして伊藤は3位にとどまりました。それにしても今年の戦いは見どころがいっぱいでした。総合優勝の行方もそうですが、BMWを巡る戦いも激しく、GSシリーズのほぼフルラインナップが揃ったのでした。その中の優勝者つまりインターナショナルクラスを制したのは、R1200GSを駆る池田智泰。総合でも14位です。SSの中の走りは見ごたえありました。これほど速くかつ完璧にこのノーマルのフラットツインを走らせる姿には感動を覚えました。ベストパフォーマンスは間違いなく彼のものでしょう。

次回以降はもう少しカテゴリーなどを再検討し、モット楽しいラリーに育て上げたいと考えています。ご声援をよろしくお願いいたします。

2009/07/14 (火曜日)

「スシヒロ・ミーティング」

出張前の前日、これまでにないほどの過密スケジュール・・・でも明日から涼しい北の島!だと思えば滴る汗を拭いながら、ネクタイなんか締めて役所やらの打ち合わせ。

さて「スシヒロ・ミーティング」TBI2009にご参加の方で北海道にご参加の方と会食!の予定。16日19時より芦別駅前の「スシヒロ」に来てね!!

ではまた明日以降は北海道からお届けします。

2009/07/13 (月曜日)

「雪中梅」

いつも新潟のお酒を頂きます。贈っていただくのは恐縮の限りの某有名レーシングドライバー。暑い季節に「寒梅」とか「雪中梅」とかが届くと、雪深い越後の冬の情景が、清涼感を伴って訪れます。特に今年は大河ドラマ「天地人」の影響で、かの地は多く注目を集めていることでしょう。そんな中で、かつては幻のと 唄われた「越乃寒梅」や「雪中梅」はきっと良いお土産として売れていることでしょう。殊に天地人では酒を酌み交わすシーンがことのほか多いのも、実はこうした背景(マーケティング)が??でもテレビでは白い濁り酒が多いのにボクは気がついています。

一方テレビなどに興味がないのですが「官僚たちの夏」ってのがあります。どうしたものか。官僚賛美を今の時代に仕掛けることの裏には天地人の酒を酌み交わすシーンの多さに類するものを感じるボクは、いやなヤツ?なのでしょうか。官僚に知己も少なくありません。みな素晴らしい人たちです。しかしだからといって今の時代にどーしたのでしょうかと?衣の下の鎧があまりに露骨に過ぎますぞ。

さあて、このあとは「坂の上の雲」がスペシャル大河ドラマとしてはじまります。これも松山市が「坂の上の雲の街づくり」を掲げて、NHKや司馬財団に強力にネゴシエイトした成果です。観光客の誘致に、こうしたメディアを使うのは有効なことではありますが、一部にはさまざまな意見も渦巻いています。特に生前の司馬は「この小説だけは映画化してはいけない。」と言い続けていたのですから。まあそんな話を知る者には、説明が必要かもしれません。

しかしいずれを見ても、ここのところ興味深く掘り下げられるものの共通のキーワードのは「人、生きざま」のようです。いかに生きたか?が問われるのでありますぞ諸兄。

ボクの母校の校長だった「坂の上の雲」の主人公の一人・・・秋山好古の銅像はたびたびペイントされては物議をかもしますが、高校の授業でその秋山校長については「なぜか?」教えられることはありませんでした。先生方が左よりだったからでしょうか?高校時代に知りたかったものでした。ちょうど坂の上の雲はボクが高校生の頃に上梓されたのですが、誰もなにも言ってくれませんでした。秋山好古が建てた講堂はボクタチの時代にも武道場として、21世紀の今も何とまだ使われています。その講堂でボクは体育の授業中に「俺に勝ったら黒帯をやる」といった黒帯教師を投げ飛ばしたのに黒帯をもらってないんですけど・・・今考えるとあの黒帯はたぶん偽装ですな。とまあ、そんなバンカラで、キケンナ高校デシタネエ、シミジミ。

スイマセン、非常にわけのわからないお話になってしまいましたが、ボクタチはまもなく北海道へ向けて出発します。まあ、次のお話は北海道からお届けする、ということで名酒「大雪山」でも飲みながら、お届けすることとします。 

2009/07/09 (木曜日)

「おお、TOYOTAよ。」

すいませんiQの悪口ばかり書いて・・・OV「TOYOTA新社長」2009/06/25そんで最近お気に入りの上位ランクにあるAPILOGを読んでいると

「むむむ」
「iQがアストン・マーティンに変身!」

・・・アストン・マーティンは、「トヨタiQ」をベースとする高級小型車を制作中であると発表した。同モデルは、近い将来、欧州市場で発売される模様。[記事のURL]

それにしてもAPIOの河野社長、情報を集めまくり。どーすか、いっそのこと「ジムニーとフェラーリが・・・」APIO社はこのたびフェラーリと合同でフェラーリAPIOジムニーを発売することになった。スズキもこの発表と同時ににニュースリリースを出した。それによると、フルカーボンモノコックのボディに、フェラーリF60Tipo0562.4L V8 エンジンをミッドマウント。

えっと、ゴメンナサイ来年の4月1日に続きは書きます。たぶん覚えてないけど。

いや今回のアストン・マーティンiQには章男社長の息吹が?感じられるのはボクだけでしょうか。つまりですね、モノはいいけどもうひとつ・・・というものを再生していくという野村野球のような手口は今のトヨタには有効ですね。その先鞭はこうした稀少メーカーとの組み合わせによる味つけ。「こんなんだったら良いなあ。」「こんなクルマなら、無理しても買うなあ」そんな影の皆無なトヨタには、かなり効果ありでしょう、たぶん次は「プリウスとポルシェ」そのためにニュルまで行ってたんだから(ウソ) 

2009/07/08 (水曜日)

「嗚呼・・・烏魯木斉(ウルムチ)炎上。」

暴動が収まらないようです。ウイグル族と漢族の間にある根深い対立。僕たちも何度もこの町を訪れますが、トルファンなどと違って非常に漢化政策がすすんでいるなあと感じます。街には高層ビルが並び、日本食レストランだってありますぞ。昨年は取材班のテープが足りないかも?と、ここが最後のチャンスだとばかりにウルムチの秋葉原!へ行くと、まあ何でもありますな。そんなあなたが、シルクロードのイメージを強くしたいのなら隣町トルファンへ。広大な砂の海を求めるのならすぐとなりのゼンゼンがおすすめ!(って観光ガイドじゃないってば)

さてさらに話が逸れますが、ウルムチには新疆ウイグル博物館があります。そこには「楼蘭の美女」をはじめいくつかのミイラが保存展示されています。ちょうどNHKスペシャル「シルクロード」の制作のさなか(だったと記憶しているのですが・・)1980年。ロプ・ノールの楼蘭遺跡から出土!したのがその美女。なんと3800年の時を経てわれわれの前に姿を現したわけです。楼蘭の乾燥した大地が完璧な保存状態を保っていたのでしょう。ウルムチの博物館は、こんなことをいうと怒られますが?この楼蘭の美女!だけで持っているようなもので。。。(スイマセン)その美女は身長が152cm血液型はO、DNA鑑定ではヨーロッパ系アーリア人。身に付けている物もそのときのまま、鹿皮のインディアンモカシン(インディアンっていうのはおかしいか)獣毛のニット・・・鳥の羽飾り。ああ、なんと遥かなり!ユーラシア!であります。

まあネットで検索すれば、その姿も顔立ちもすぐに画像があるのですが、ちょっとここではベールに包んでおきたいと思い、掲載するのをやめることに・・・

いったいこの時代の中央アジアはどのようなことになっていたのでしょうね。って云うか今の中央アジアもどうなっているのでしょう。

最近ふと、思うのですが(7/3のOV参照)ロプ・ノール辺りには薄いピンク色をした塩の結晶がたくさんありました・・・

ひょっとしたらリチウムペグマタイト???

と、出土するのが遺跡のうちは良かったのですが、ここのところの問題はやはり資源。今回のウイグルの暴動もこの秋の中国建国60周年とか、民族自決という根本的な問題もあるのですが、やはり中央政府はこの広大な新疆ウイグルに眠る莫大な地下資源も大きな素因になっています。

石油などの従来の資源もさることながら、次世代の燃料電池者やハイブリッドの電池に不可欠なリチウムは、過酷な争奪戦が繰り広げられる模様です。結局は「地下資源」だのみの環境問題って、、、また人類は繰り返すのであります。

さてお話を戻します。ウルムチは新疆ウイグル自治区のキャピタルタウン。中国中央政府からははるか彼方です。最近でこそ情報や人の行き来も、時間がかからなくはなりましたが、関外もいいところ、あのカヨクカンからでも遥か彼方です。

そういえば昨年のこの頃には「ウランバートル炎上」2008年7月2日OV・・・と書きました。さぞや留守中のみんなは「すわ一大事」と思ってくれたか否か。とにかくですね、行く先々で戒厳令が出たり、暴動が起きたりとボクの旅はいつも心もとないトコばかりです。さらに秋には新疆からチベットへ行くのだもの・・・

嗚呼、早く東アジアに真の安定の時がやってこないものでしょうか?東アジアでは、あまりにも長い歳月時間を浪費し続けている気がするのですが。

きょうの一枚

2008年10月5日、小雨にけぶるウルムチに到着。ご覧のように内陸部とは思えない様相、これでも街の入り口付近です。中央アジア・・・というイメージは程遠く・・・ 

2009/07/07 (火曜日)

「チョモランマへ、まだ参加可能です。」

「チョモランマって、まだ行けますか?」そんなメールをいただきました。船積みの予定が7月末ですから、まだ参加は可能です。中国サイドの許可関係申請書には、もう少し増える・・・と申し添えています。

ところでなんと、インサイトで松野さん!!チャレンジャーです。ということは4輪の参加にも門戸を広げたのかというお問い合わせ・・・あと1台ならコンテナのやりくり上、可能です!!(パチパチパチ)バイクもあと2台(1200ADVなら1台かなあですが・・)可能です。今の参加状況はというと、インサイトでしょ、ウラルサイドカー、セローが2台(ハセミさん)BMW R1200GSAがカオルさんとヤマグチサンタチ・・・KTMダカール仕様(マジで)も1台。TVクルーも参加予定です。酸素発生器なども協賛いただいています!!

さてところで、webではこのような特集が・・・

朝日新聞の解説委員 加藤千洋さんが黄河源流域への旅に行っています。
以下は引用

「中国大陸を西から東へ、まるで竜のように曲がりくねって流れ下る黄河。5000年の中華文明を育んだ「母なる河」が泣いている。5400kmの流れが途中で消えて海まで届かない「断流」現象。源流域で静かに進む草原の劣化、湖沼の乾燥化。深刻な水危機の現場からは、隣国の危うい近未来図が透けて見えてきた。中国取材歴30年の編集委員・加藤千洋が、GLOBEとテレビ朝日・報道ステーション(特集は6日夜、放映予定)の共同取材で、源流地帯から河口までを、初めて歩いた。取材ノートとあわせて紹介する。記事はコチラ(朝日新聞)

・・・ここに出てくる「GLOBE」ってSSERのこと?じゃありません。

おお、いつもいいタイミングだ。ボクたちも秋にはカシュガルから秘境清蔵高原へ向かうのでありますぞ。まあそこは黄河源流域。昨年はロプノールやアラル海に、東ユーラシアの水の危機を見てきたボクには「黄河源流域」のお話は興味深いことです。マコトニ。そして実は今回の旅の原風景は「星宿海」というキーワードにあります。

奇しくも宮本輝が「星宿海への道」というタイトルに飛び着かさせるような小説を数年前に上梓しました。もち即買い!!

主人公?はカシュガルから星宿海を目指して行方不明になってしまいます。不遇な幼少期から頭の中には常に「星宿海」という言葉が・・・そして残された恋人はしまなみ海道に星宿海を見る・・・というもの「???」ではありはしますが、なにか不思議なものに自分を見ているような気がしたりなんかしました。しまなみとかカシュガルとか妙に符号があうのが・・・・ねえ。

さて、加藤解説委員は「黄河源流は一体どこだ」という古来からの王朝の謎、解けない7不思議に向かいました。ところで昨年9月には面白い記事を読みました。PCに保存してたボクって・・・

「中国3大河の源流は?位置特定のプロジェクト始動―青海省」

現代にもまだこんな話が残されていたのかと思った。
さらに記事は

「2008年9月1日、新華網によると、青海省が組織して中国3大河の水源の位置を特定するプロジェクトが間もなく正式にスタートする。調査活動には、国内の代表的な専門家30人が参加し、長江、黄河、瀾滄江(メコン川)という中国3大河の水源について、位置の特定にあたる。3大河は、いずれも青海省南部の高原に水源があるとされ、そのため青海省は「三江源」「中華水塔」とも呼ばれている」記事はコチラ(朝日新聞)

「フムフム」

なんかその程度の謎は、グーグルアースでは解けないのですやろか?マアソレガイイトコダ。

そもそも中国では、古来「河は崑崙に出ず」といって、この河とは黄河のこと・・・黄河は崑崙山に発すると考えられて来たのであります。一方、黄河は天上から流れ下る、という考えもあったのです。まあ天上界のおこぼれが黄河。西域探検で有名な張騫(ちょうけん)が、いかだに乗って黄河をさかのぼり、ついに天に達して織女と牽牛に出会った、という素敵な伝説も残ってはいますが、まあそこまで御伽噺にしてしまうのは???

唐の詩人、李白も

君見ずや 黄河の水 天上より来たり
奔流して海に到り ふたたび回(かえ)らず

と詠んでいます。

時は移り元の時代、フビライの命令?か、都実によって、黄河源流域の探検が行われ、報告によると「河源は(中略)泉が百あまりわき出ている。泉があれば水たまりもある。かたわらの高い山に登って眺めてみたところ、水たまりは燦然として、さながら星をちりばめたようである。そのためにホドン・ノールと名づけられている。」

ホドンとは、翻訳すると「星宿」の意味でノールはご存知ハルヌールやロプノール、でおなじみの湖の意味のモンゴル語であります。

まあ今回の旅は、この黄河源流を目指すことが目的ではないのですが・・・。もうひとつのシルクロードを辿ること。玄奘三蔵の苦難の旅や幻のグゲ王朝遺跡に超高精細なカメラを持ち込んで、21世紀の姿を収めること。おじさんたちと再び艱難辛苦の旅に就くことなのです。ゴリッパ!

いまだ謎の多い黄河源流域とヒマラヤを越えた仏教文化の足跡。歴史の攻防。見なければ伝えなければいけないもののために、こうしたエリアに旅が出来る喜びに浸りたいものだ。それもバイクで・・・。

きょうの一枚

黄河源流といわれるザーリン湖とオーリン湖の間の沼沢群 02年 「こんな記述(抜粋)阿弥達によると「アレタンクォレの西に数丈の巨石あり、名をアレタンガダスーチーラオといい、モンゴル語でガダスーは北極星のことである。チーラオは石のことで、その断崖は黄赤色をし、壁の上は天池で、池の中に泉が噴き出し、パッと散って金色を呈し、アレタンクォレに入る。これ即ち黄河の真の上源である」(『東華全録』乾隆巻九十六)

現在、黄河は星宿海以西で確かに3本の河が合流しており、歴史文献と符合する。北面の1本は非常に小さく、現在は扎曲(ザーチュー)という。中間の1本は瑪曲といい、即ち『水道提綱』にいう阿爾坦(アルタン)河である。南面の1本はカルチューといい、正にチベットへの大道に入る経由地であり、阿弥達の探す阿勒坦郭勒(アレタンクォレ)である(『科学通報』1954年10月号 傅楽煥「黄河河源の問題」参照)。 」
未だに地理的な謎や、歴史的な一致を求めて彷徨う研究者たちがいるのが人類なのでありますな。

2009/07/06 (月曜日)

  

「さて、まじ北海道4デイズ、急接近」

A-TEC CROSS COUNTRY RALLY HOKKAIDO 4DAYS・・・大会名称がどーも長くて、ついつい北海道4デイズと呼んでしまいます。今日はその映像製作チームと打ち合わせをしました。

「花畑牧場ってどこ?」
「十勝っす」
「うーん」
「・・・・・」

いったいどんなDVDが出来上がるのでしょうか?
てな話をしているとオフパラTVとかからTELアリ!

「お世話になります。撮りに行きます。」

とのこと、長谷見さんを追っかけるらしいです。そこでふと気がついたのですが。

今年の北海道4デイズほど、なんとも楽しく話題てんこ盛り、勝負の行方も・・・興味津々なことはありません。昨年圧勝の伊藤聖春さん。第1回大会の優勝の村田竜志さん。さてここのところTBIを極めている前田啓介・・・ああ、でもポカが多いからなあ。昨年伊藤と優勝争いを繰り広げた池田忠夫さんはBMW・・・というかTEAM FREE RIDE MAG.はBMW×4台。F800GSが3台・・・三上編集長・・・なんか昨年の芦別の特設会場でビッグリザルトでしたねえ。と、池田忠夫、原豪志、さらにR1200GSをチョイスしたのは池田智泰さん「???」なのですが、おそらく彼らはマジです。

いや、こうしたチョイスも有りな北海道4デイズ・・まあボクタチはこんな組み合わせさえも可能なイベントを待っていたんです。(待っていた?っておまえがやっとんだろーが・・・)そのほかにも上位をうかがう顔ぶれが・・・もち長谷見昌弘さんはKTM250EXC・・・マジです。上西康彦KTM690・・・温泉に入りすぎて夜のSSに緊張感が保てない?に、と顔ぶれを見に行くとなんとなくKTM VS BMW なんて構図が透けて見えます。KTM12台、BMW13台(うちHP2×4台・・・なんか最近HP2の影が濃いっす)まあ、このような多様なアプローチが出来るということに心がときめいたりします。でもちょっと待てよ!この2メーカーで25台ということは、半数以上がこれ以外のメーカーなのであります!!

いずれにしても半数以上の詳細は近々・・・DVDもお楽しみに。

きょうの一枚

 

さて今日の一枚は、ジブンチの会社のHPにUPしたのですが「マックィーンVsハミルトン」ハミルトンの演技もさることながら最近のテクノロジーに脱帽。しかしほんの少しはハミルトンのピンがシャープすぎてかつ大きいのでは???

ついでに2人の会話を、ボクが意訳

H「今日はありがとう、呼んでくれて(こちらの世界に・・・)」
S「どういたしまして、ところで今年はもうひとつのF1マシンは持ってきたかい?(MPなんとかってやつ、ほんとはブラウンの持って来たらいいのになあ)」
H「でも、あんま速くないよ、ディフューザーイマイチだしさ。でもまあ、なんににしても、908(ガルフカラーのポルシェ)じゃあなあ。今日は(ちょうど)いいショーになるだろうな(おいらハーフスロットルで)」
S「誰にそんな大口たたいてるんだ。F1チャンピオンドライバーかもしれないが、(そりゃあ去年のこと)こいつはショーじゃあないぞ。合成じゃなかったレースだからな。」
H「いや、まじでやるわけ・・・そんなの聞いてないよ。」
S「ま、気をつけろや(口の利き方に)!」
H立ち去るスティーブを呼び止めて意味深に「グッドラック!」
 ・・・もちろん、誰がストーリーを書いてもこうなるだろうけど、ハミルトンが最後に交わして・・・
S「俺はお前の親父より年が上だ。まあお前にプレゼントだ、掛けていたわけじゃないけどやるよ。とっとけ。」
H「そーだろーよ。へーオリジナルのモナコか、いいね。だけど(ここはルマンだ、台本に少々難があるな)これは君が持っておけよ。これが”今”のモナコさ。(勝ったのはバトンだったけどな)」

ということでタグホイヤーの秀逸なCM・・・とりあえず訳者は、変なヤツなので気にしないで良いのですが、それにしても映像は秀逸。こんなメッセージをSSERも頑張って作ろうかと思います(無理だろって)。

2009/07/03 (金曜日)

「グーグルアースは罪ですね。」

なんか久しぶりに長い文章で勝負。最後まで付き合わなくてもよかですけん。

最近はグーグルアースの精度も上がってきて、菅原さんなどは完璧にヘビーユーザー。ダカールのルートの反省も、次回の予想も、ルマンのガレージの周辺も「あっ、精度が上がっている」なんて見ています。もちろんモンゴルのことも、昨年のオリアスタイの町に2本かかる橋と街のロータリーで、コマ地図と照らし合わせて「やっぱりそうか!」なんてやっています。これが20年連続完走の綿密さの秘訣でもありましょう。

この方ほど予習と復習を徹底的にする人はいません。おそらくこれまでのルートブックとグーグルアースとで、ボクの頭の中にあるルートを想像して組み立てているに違いありません。場合によってはルートブックを辿りながら、実際のルートを落とし込んでいくことも可能なのです。ということでボクの敵は目下のところグーグルアースとそのヘビーユーザーたち。騙し騙されながら、愉しんでいるのかもしれません。

そういうボクも、グーグルアースは無くてはならない存在。世界中をいつも旅しています。

先日の会議の席のお話、確かリチウムの埋蔵量などのお話のときか・・・

「ウユニ塩湖でしょ?」と誰か
「ああ、この前行って来ました。上から見たらすごいですねえ。塩のホテルもあるんですよ、あのフィンランドの氷のホテルみたいな、ああそこも行きましたけどね。」とよせばいいのにボク
「ヤッパリね、この人行った事のないトコロなんて無いからね。」とだれか(ツメタク・・お前のおかげで会議が進まないんだろーが、いつもいつも留守でよ!)
「・・・」しまった、とボク
「いや、あの、グーグルアースで行ったんです。」と小声で。
「なーんだ」という顔の人50%
「???」という顔の人は50%

リチウムの生産は現在90%が中国。。。まあ塩湖だらけですからあのあたり。ロプ・ノールで急にできた発電施設と立ち入り禁止区域は軍事施設??というより、ひょっとしたら・・・と勘ぐっているのはボク。なんたってリチウムって水爆とか核融合に必要な三重水素生成に使われるわけで・・・。まあそんなこんなで、プリウスが頑張ってもリチウムの確保がいまのところ生命線。WTOも中国に対して、もっと輸出に振り向けるように勧告。まあ、抱えていたいですわなあこの資源。そしてボリビアのウユニ塩湖には世界の埋蔵量の約50%があるということ。

でもマグネシウムに近似するこの元素は、埋蔵量の数億倍?が海水に溶けていて、これが生成できればいうことなしなのだ。まあ時間の問題で日本がこの技術を手にする予定であります。

ああ、話がなんかとんでもない方向に行きました。じゃあ話題を変えましょう。

「激務の季節ですね。」と古い友人Hさんからのメール。彼は新しいオフィスを探していて、昨年ボクも市内におしゃれなオフィスを探していた経緯もあって、そのときのお気に入りの物件を2つ3つ提案して・・・「そんじゃ、デザインアーンド施工はボクにまかしてね(この不景気にアリガタヤ、アリガタヤ)」というよりも先に「それでデザインとコーディネィトをお願いしますよ。」だそう。へーっ、奇特な方もいるものだ。調子に乗って

「よっしゃじゃ!坪100万でね」(キョウビ20ツボデニセンマンカケルバカガドコニ・・・)
「ははははは・・・」(マズイ、冷めたかも)

となるともうボクはそのオフィスのデザインのことで頭がいっぱい。物件も決まらないのに、その友人の仕事ぶりを考えて、もうコンセプトや床の素材、レイアウト、なんといっても椅子よね。椅子。・・・と取りとめもなく頭の中を情報が駆け巡り、時々はリアルなカタチになったり、また泡のように消えていったり・・・そんなヤツです。

実はボクのこの数年の旅への思いもこれに似ています。

「なにか急いでいるのじゃないか」とよく言われるほど、残る人生の時間を旅に急いでいるのではないかという気もしなくはありません。もう「ウユニ塩湖」をグーグルアースで見てしまったボクは、限りない空想のシャングリラを駆け巡っています。今まで行きたいとか、行こうかなあ?と思った場所にはほとんど行ってしまいました。今度はみなさんを案内する番かもしれません・・・。ということで、まもなく北海道、モンゴル、中国はカシュガルからラサへの道を・・・長谷見さんや、松野さんや、カオルさんや、ヤマグチサンや、カメさんや・・・オノウエサンはURALで、あとミカジリサンやイクラちゃん!映像チームはたぶん石原軍団・・・これは楽しい旅になりそうですばい。それにしても平均年齢の高いこと、標高も高いけど。酸素ボンベとパルスオキシメーターをバッグに詰めときましょう。

さて、幾らなんでもこのくらいで終わりと思うでしょ。
そうはいきません。
まもなくはじまるのは北海道4デイズ。
なぜこの地で、こうしたラリーがはじまったのかというお話をいつかはしておか
なければ・・・と思っていました。

時は1988年。おりしもボクが始めてパリダカに出た年の冬。ボクはパリダカのオフィシャルウエアの白いジャンプスーツの、その洗練されたデザインに惹かれて、たまたま県内のつなぎ服メーカーのCIからはじまって商品のデザインを担当していたものですから、数枚のデサインスケッチに、白いそのジャンプスーツを潜ませておきました。

そして完成したそれは「おお!マゴウカタナキ!フルコピー!!」それではイカンと部分的にマイナーチェンジしたり日本人にフィットするようなリサイズをしたり・・・そしてSSERのオフィシャルウエアとしてデビュー。そのメーカーのカタログにも掲載して、思わず売れてしまって・・・

そんなある日、1本の電話が。日本レーシングから

「あのつなぎ協賛して」
「ううっ!」
そうなんです、つなぎメーカーにSSERだあ、TBIだあ「くれくれ」と言いすぎていて、
「でもガストンやシリル・ヌブーが来るんです」
と電話の彼
「OK!もし出なければうちが協賛しても・・・」
とその頃は景気の良かったボク
それが1989年に行われたラリーキャンプイン芦別

いま2009年でしょ。つまり芦別は足掛け20年間、日本のクロスカントリーラリーを語る上で貴重なひとつの歴史・・・なのです。TDNも必ず芦別に行きましたしね。

ああ。長くなったので疲れました。

きょうの一枚

ウユニ塩湖(Salar de Uyuni)は、ボリビア中央西部のアルティプラーノにある塩の湖。標高約3,700mにある、南北約100km、東西約250km、面積約12,000km2の広大な塩の固まり。塩湖の中央付近で回りを見渡すと視界の限り真っ白の平地であり、寒冷な気候もあって、雪原の直中にいるような錯覚をおこします?世界最速のインディアン?最高速テスト?しないわな。

2009/07/02 (木曜日)

「ぶどう」

豪雨の毎日。しばらくOVをお休みしてしまいました。と言うのも最悪の体調。試走の時から痛めていた右肩がついに強烈な痛みに。そんで眩暈も併発!!まさに「死にそー」だったのであります。全く何にも手がつけられず・・・ただただ苦しみにのた打ち回っていた日々でした。しかし思うのですが必ずこうしたイベントの谷間に体調を崩すのでありますね。まあ試走が思いのほか身体に応える歳になったのであります。

さて北海道4デイズが近づいてまいりました。あの、めくるめく北の大地のライディングの日々。ボクと某編集長は「ここのラーメンがうまいんですよ」「そーかいそーかい、じゃあちょっと」「いやもうSSはじまってるんですよ」「まあまあ」「あっ、メロン売ってる!」「停まりますか?」「うん」「1/4個?」「いや1個丸ごと食べる」「やれやれ」そんな日々(全部フィクションです)が終わればすぐにモンゴル。本来はドイツとカナダのコレスポンダントから大量のエントリーが・・・・・全て!キャンセル。まあこのご時勢!仕方がないのであります。が、後ろから迫ってくるのは篠塚建次郎さん!世界の名手。ああ、なんと贅沢な日々。

きょうの一枚

1年前に植えたメルロー種のぶどう。昨年は一房だけ実をつけましたが、今年はたくさんの実がついています。どうしてでしょう?生命の力強さをこんなところにも感じます。