「幾山河」
幾山河 越えさり行かば 寂しさの終(は)てなむ国ぞ 今日も旅ゆく
ご存知の通り、まだ若い若山牧水が詠んだ歌です。
普通に解釈すると人生に疲れ果て、流浪の末に無常観や徒労感をため息混じりに吐き出したかのように感じるのですが実意はそうではないのです。
なぜこの歌か、というとここのところの山崎豊子ブーム。不毛地帯のモデルとなった瀬島隆三の自伝、回想録がこのタイトル。とうか「幾山河」の部分だけすが当然この歌の全容を思い起こさせるのであります。
モンゴルがはじまった1995年頃買ったのですが、この頃はもちろんご存命中。この自叙伝95年3月に発売されるや、同年の12月には早くも第12刷。知られざる超ベストセラー。太平洋戦争の内側などがしっかりと書かれていて、大本営の作戦の中枢にいた人物にしか書けないほどの昭和史、なのですが「語られないこと」も少なくはありません。
いずれにしても日本の当時の最高の頭脳だった男ですが、戦後はその毀誉褒貶の多さもただ事ではありません。まあそれはそうでしょう。伊藤忠商事とまれ、そんな最近のテレビにつられて、事務所の本棚にあるのを見つけて、ふたたび読み始める事に。読んだらまた雑感の記します。
瀬島が、この「幾山河」をタイトルにしたのは、果たしてどのように牧水を解釈したのかがもう一度確認してみたいという思い付きです。また牧水はその歌の中でたくさん「国」という言葉を使います。牧水の呼んだ国とは「日本」ということではないのでしょうが、、まあ解釈のしようでは・・というところです。
幾山河は、明治18年生まれの牧水が22歳の頃、明治40年に詠んでいます。これは、果てしなく旅を続けて生きたいという、旅に生きたいという願望の発露です。しかしそのような生き様は、人生を投げ出すしかなく、厳しい現実(の社会生活)はいつまでも続いていくのだ。それで旅に出ても、望むべき何かが見つからない。旅を続けるということは、そうした寂しさがつきまとう。
とかいう意味でしょう?自分に置き換えてみるほどに、これほど妙なる答えは存在しません。菅原さんもきっと同じ思いなのでしょうか。答えなどどこにもないのです。しかし寂しさの果てる・・とは、「知ること」うーん、上手くいえませんが、まあそんなような感じです。やはりこの歌の意味はなかなか、複雑です。
ついでにもうひとつボクの好きな牧水の歌。
しら鳥は かなしからずや そらの青 海のあおにも そまず漂う
社会を否定しているわけでもなく、でも適合も出来ず。ああ身につまされますが、案外ボクなんか社会と上手くやってきた方かもしれませんねえ。
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