Organisation Voice 2010/11

 

 

 
2010/11/30 (火曜日)

「ダカールのことを書こう」

いよいよダカールのシーズンだ。

シャンゼリゼにイルミネーションが灯ったというニュースを聞くと、やはり僕の胸にも小さくない漣が立つ。でもその光はLEDに変った。あの赤っぽい光じゃなくなったことが、何かを意味してはいまいか。

とまれボクの人生を決定的にしたのは「パリダカ」そのDNAでボクの人生の半分は成り立っている。あの頃ボクも12月になるやパリに出かけていた。シャンゼリゼを歩くと、いや歩かなくとも、これから始まる出来事の壮大さに酔った。モエエシャンドンのマグナムボトルを買ってアパルトマンスタイルのホテル「フラットテル」部屋に戻る。合宿生活だ。クルマはいつもルノーエスパスを早くから予約しておいて借りた。

パリででさえ、毎日のようにハプニングが起きた。

電子コンパスひとつ入手するのも、大仕事だったし、とにかく全てにおいて情報が少ない時代だった。全て自分の足と力で情報収集しなきゃならなかった。インターネットも携帯電話も無い。

こんなこともあった。

車検の直前になって、ロールバーの素材が(翌年から)アルミではダメだと知って、(つまりパリダカは翌年の競技なのだ)死ぬほどあわてふためいた。何のことはない、フランストヨタの紹介だと、たった1日でレギュレーションに適応した完璧なロールゲージが出来るんだ!少なくともラリーカーのロールバーを自分たちで採寸・制作してまたはずして写真を撮って公認申請をしてって、1ヶ月以上かけていた作業が・・・24時間。しかもそこの工場のスタンプで申請は要らない。

まあそんな昔話はよそう。こうして数人の先輩たちの後を追うようにパリダカに挑み続けた。1992年のパリ−北京を契機に、ボクの全精力はモンゴルにシフトした。そして少し落ち着いたあと2回ばかりパリダカに参加した。

この間のパリダカの変化は、とても大きかった。つまり1992年を最後に5年間のお休みのあと98年!そして02年と。全く違うものに来ているような感覚だった。あのパリダカは、もうパリダカには無くてむしろ既にボクタチが開催を始めたモンゴルのほうに残っていたような感覚だ。

色々なものは進化し変化する、なんて言い出したのもこの頃だ。今回日本から参加するのは、わずかに2チーム、HINOとTOYOTAだけだ。これも良くも悪くも変化だ。

パリダカは変化して、世界の最高峰としていまも君臨している。南米に行くとどーだこーだ、とか言われたけど。それも大きな問題とはしなかった。変ってしまったのは日本人だったのかもしれない。

「夢とロマン」は「大人のモバゲー」とかにあるみたいだし。

 (おまけ)

2010/11/29 (月曜日)

「大変遺憾ながら」

昨晩の「龍馬伝」のNHKにもの申したい。

龍馬暗殺のシーン・・・1年間の思いと、ナゼダカボクは結構見られない回が多くて・・・ついに最終回のそのときを迎えたがです。感動の嵐が、待っちょるはずだったがやき。そして、いまだ真犯人の解らない・・・というかもう決して解らないのでしょうが、その暗殺シーン。今ではコンビニになった近江屋跡には、多くの龍馬ファンが・・・ボクもその1人でした。そしてその夜、つまり昨晩のことです。多分あなたもボクも万感の思いで、泣く準備までしていたそのときにNHKたらニュース速報「愛媛県知事選挙に中村氏当選確実」のスーパー。「・・・」ボクはこのスーパーは愛媛県だけだろう。とか、もしこれが全国放送ならば愛媛県人としては「真に申し訳ない」とか・・・そして、これが速報として1分2分を争うことだろうか・・・そう思うにつけ龍馬伝も「まあ、これも所詮は娯楽大作!!それにしては、やりすぎかも・・・」とか、「そういや、浅田真央はどーなったろうか?」なんて、考え出す始末。

なんとも、人の心を踏みにじるNHKの暴挙!!感動なんか消し飛んでいって・・・その中村さんなんて、浪人時代にはブラッとうちの事務所に立ち寄って(しかも電車で)「モンゴル連れてってくださいよ」なんて言ってたやん。「いつでも」との約束もそのままに市長になって飛行機で隣り合わせに座ったとたん。「こんにちは」「・・・・・」全く無視・・・されてしまった、悲しい思い出。まあそんなことも宜しい。

昨今はなんでも直ぐ速報とか号外を出します。でもね、知りたい情報は簡単に手に入る時代ですから、緊急性の高いもの以外はちょっとだ考えたらいかがですか?1年間の大作を自ら不意にしてしまった罪は小さくはありませんよ。

さて円安が進み始めました。なるほど菅さん!やります。円高を止めたければ、世界の緊張を高めることです。このまま円を持っていたらやばいぞ!と感じさせたのは巧妙な政府の、真に見事な戦略でしょう。

そう思えば、日本海会戦じゃなかった東シナ海会戦の演出やら、柳腰外交もだらしなく見せた政府の対応も、危機意識の無い官邸主導という展開も、なるほど見事な円高大作だったのか・・・あっ大作じゃなくて対策ね。と思うと今度世論調査のときに支持に入れよう!!と思うんですが、そもそも誰一人新聞社やテレビ局の政府支持率の電話調査なんて、掛かってきた人はいない・・・のだそうでありますから、本当にやっているかどうかはどのようにして証明するのでしょうか。

謎だらけでございます。

きょうの一枚

来る円安時代に備え燃料は国内調達を!なんて。冬を迎えるのに辺り夏の間じゅう言い続けていた「薪を早く集めておこう」の掛け声もむなしく12月の声を聞いたり、寒くなったりしないと用意できない我らキリギリス集団!やっと手配の第一弾が到着しました。ここまで、古い杭(杉)や間伐材など針葉樹の薪を燃やしてたのですが、ついに本日ナラ材の薪が届きました。やはり広葉樹は火持ちが違います。これで温かくなりますよ、火にあたりに来てくださいね。

 (おまけ)

2010/11/25 (水曜日)

「PRESENTATION 2011」

いよいよ来年の発表会の準備も整い、これから東京に向けて出発です。途中いくつも寄らないといけないことがあって、シャコタンに資料を積んだイマドキナワンボックスカーは無事に辿り着くことが出来るのでありましょうか。

それにしても2011に向けてこの2ヶ月間、かなり濃厚に計画と段取りをしていました。そんな最中に、情けない日本の外交姿勢を嘆いたり、腹が立ったり・・・ついには北朝鮮は砲撃をはじめるは、東アジアの安定なんていかがなものですかね。

モンゴルでラリーを開催しはじめて、このあたりの地域の不安定さがNEWSではなく直接的に肌身に届きます。そう思えば、面白い生き方かもと思いもしますが、もう少し政治は頑張らなければと思います。まあ、国民もですが。

それでは、恵比寿でお目にかかりましょう。お土産たくさん用意してます。そして、チョモランマ酒場も、なかなか良いですよ。篠塚さんも起こしになりますからね。
菅原さんはアルゼンチンに向けて出発3日前の夜、という予定です。

では!!

きょうの一枚

世界一になりたいチョモランマ酒場・・・「どうして2番じゃだめなんですか?」ツンツン!

 (おまけ)

2010/11/22 (月曜日)

「世の人はわれをなにとも言はば言へ 我がなすことは我のみぞしる」

龍馬伝も残すところあと1話。
そして「坂の上の雲」も、第二節がはじまります。

高知と愛媛のハーフのワタクシとしては、大変に嬉しいやら照れくさいやら、でございます。しかし、それぞれの描写が実に宜しい。

ボクの幼少の頃の実家の酒盛りは、あんなふうだったなあ・・・とシミジミ。大の大人が大声を張り上げて、天下国家を語り気に入らないとなれば「おんしゃー!」と取っ組み合い。自分たちの力で世の中が変えれると信じきっていたのが土佐人。父の世代でも「武市先生が・・」と、小学校の時の先生のように慕っていたのが面白い。

よさこい節の二番には「ゆうたち いかんちや おらんくの池にゃ 汐吹く魚がおよぎおる」と。どういう意味かというと、他所の人に「まあそう偉そうにいうな。土佐じゃあ大きな魚が汐を吹いておよぎおるぞ。つまり偉いやつらがいっぱい居るんじゃ。」まあかなり意訳ですが、そういう意味です。そもそも「よさこい」とは「まあ、そんなことは、どうでも良いから、こっちに来て飲みや。」というような意味です。
ちょっとスケールが、良く言えば大きいんですが、悪く言えば現代には不要な・・・

さて愛媛。

あの秋山の父親、通称やそく翁。あの感じが松山です。「伊予のよもだ」といいます。

ちょっと他人様のブログから拝借してきました。

『日本方言大辞典』では「よもだ」とは、「@罪のない冗談。A要領を得ない話。繰り言。B知らん顔をすること。しらばくれること。そらとぼけること。また、その人」という意。『現代日本語方言大辞典』では、「怠けること。怠けている人」が「よもだ」の意であるとしている。松山出身の俳人中村草田男は、「松山では、知っているのに知らん顔をしていい加減とぼけることをよもだと言います」とエッセーの中で記している。昨年刊行された『愛媛県の不思議事典』では、「常識に対して文句を言う者、言わなくてもよいことを言ってしまう者、筋道の外れたことを言う者、行う者」が「よもだ」の意味するところで、越智郡から中予地方にかけては、「なまけ者、不精者」の意でも用いられているという。同事典はまた、「愛媛の常識、慣習から外れていること」が「〈よもだ〉の真実なのではなかろうか」と述べ、「愛媛以外の感覚を持ち合わせた、幅広い視野を持った人物のことを指しているといえなくもない」といささか強弁じみた解釈を付け加えている。天野祐吉松山市立子規記念博物館名誉館長は、「肩ひじ張らず、ユーモアを持って生きる精神」が「よもだ」であるというユニークな解釈を示し(2004年6月25日愛媛大学での講演会)、否定的な意味でしかなかった「よもだ」をついに肯定的な「精神」にまで高めている。

四国山脈を挟んだ土佐と伊予の文化の違いは、この高知の積極性・自発性と愛媛のよもだ文化に端を発するユーモア感、これに収斂されるといっても良いでしょう。それは方言からも見て取れます。

言語というのは、いわゆるOSです。人間の高度な脳でも、モノゴトを思考していくためには言語が必要です。「さて、これをどういたらいいだろうか」と言語で入力して「そうだ、こうしよう」と言語で考え、言語で解答を導き出します。したがって、その入力する言語の種類によっては思考回路が違って当然のことで・・・話が長くなるので本日はこのくらいにして。

きょうの一枚

「汐吹く魚が泳ぎおるぜよ。」

土佐の人は、大きな話をする。それはおそらく、全県民がこうして太平洋を眺めて暮らしちょったからじゃ。と思う。室戸岬には中岡慎太郎像が太平洋を見下ろしている。桂浜には坂本龍馬、横浪三里には武市半平太。足摺には中浜万次郎。みな同じ方向に向いている。海の彼方をだ。いまの日本はどうだ。

さてTBI2011、畿内から土佐へ。心の旅。今度は空海がテーマだ。それにしても四国は多彩だ。

 (おまけ)

2010/11/18 (木曜日)

「全ては情報戦、なのだ。」

「闘わずして勝つ。」「兵とは詭道なり」これは言わずもがなの孫子の兵法の一節であり、戦いの本質のひとつです。孫子は、戦争をするということは国の大事だから、よほどの事が無い限りやってはいけない。では戦争をするためには何が必要かというと、「一に曰わく道、二に曰わく天、三に曰わく地、四に曰わく将、五に曰わく法なり。」と、孫子は冒頭に書いています。いています。

「道とは、民をして上と意を同うし、これと死すべくこれと生くべくして、危わざらしむるなり。」
「天とは、陰陽・寒暑・時制なり。」
「地とは、高下・広狭・遠近・険易・死生なり。」
「将とは、智・信・仁・勇・厳なり。」
「法とは、曲制・官道・主用なり。」

凡そ此の五者は、将は聞かざることなきも、これを知る者は勝ち、知らざる者は勝たず。

さらには、敵味方の力量を比較するための七計というのがあります。現代訳をすると

1、政府はどちらが国民の信を得ているか?
  日本だと思う人は○、相手国(どことは言いませんが)と思う人は×
2、リーダーの能力はどちらが優れているか
  日本だと思う人は○、相手国(どことは言いませんが)と思う人は×
3、天地つまり地の利がもたらす利点はどちらにあるか
  日本だと思う人は○、相手国(どことは言いませんが)と思う人は×
4、規律や命令はどちらが徹底しているか
  日本だと思う人は○、相手国(どことは言いませんが)と思う人は×
5、防衛費や兵力数、兵装の威力などはどちらが強大か
  日本だと思う人は○、相手国(どことは言いませんが)と思う人は×
6、兵士はどちらが軍事訓練に習熟しているか
  日本だと思う人は○、相手国(どことは言いませんが)と思う人は×
7、賞罰はどちらが明確に実行されているか
  日本だと思う人は○、相手国(どことは言いませんが)と思う人は×

7つのうち、6つ以上が○ならば戦争をしてもいいんですが、その場合は闘わなくてもまあ勝てるわけです。しかしこの全てを正式に分析するのが「情報戦」だろうことに依存は無いはずです。実は秀吉などはこの情報戦を得意としていて、つまるところ実力差?で負ける相手に対して優位に闘いを進める術を持ち合わせていました。

核武装などは、この闘わずして勝つための抑止力なのだというのも多くはこの辺りの意を利用しています。善悪はここでは語られませんが。

さてその情報戦、太平洋戦争以来、日本はこれをとても苦手としていました。それは情報収集能力の差からくる諦めにも似た境地から生れた?のかもしれませんが、それは戦後もさらに大きく、国家感にまで影を落としています。おそらく上の7問で日本人が○という項目は1つか2つでしょうか。

でもボクには少し明るいニュースがあります。それは先週の世界バレー!!真鍋監督の手にあるi-pad、さらにコーチングスタッフたちの後ろには分析チームが。これはまるでアメリカンフットボールのベンチワークの様相。つまり戦いがこれまで以上の情報の収集と分析によって、上位のものに勝つことが出来る可能性を示したものです。(広報戦略は相当に難ありですが・・・)

話は変りますが「2位じゃ、なぜだめなんですか?」という考えからは弱者の戦略は生れないことが分かります。上位のものに勝つ戦略こそ、古くから日本人が得意としてきたものではなかったのでしょうかね。それが太平洋戦争を生んだ可能性もありますが・・・

スポーツでも、あらゆる戦いでも日本は本来有利だったというものは多くはありません。体格差、体力差、資金量の差、さまざまな困難を乗り越えてきたのは大和魂などではなく、こうした戦略を構築する情報戦だったはず。

先のバレーの試合で感じたのは、日本のチームが全く歯が立たなかったろう相手と互角以上に戦える能力を身につけていたことです。「身につけていた」と簡単に言ってしまえばそれまでですが、その練習はハードだったのでしょう。しかしそれを支えるのがまた情報だということです。情報とは言い換えれば「夢」であり「希望」であり課題を明確にすることの出来るデータです。

その情報あればこそ克服すべき課題が明確になり、その中から勝つ方法が見えてきて、困難な努力の支えになるはずです。

兵を用いるのは詭道なり、とは戦いを避け最小限の損害で戦いに勝つための方法ですが、まあスポーツマンシップで正々堂々と!闘うことを誓います!というスポーツも、見ていると敵を欺きだますことのうまいチームが勝つということです。

きょうの一枚

間もなくダカールがはじまります。この闘いは、まさに兵法の縮図のようなものだといつも考えていました。ただし「勝者とは誰なのか?」という謎は深いのですが、良く準備し情報を収集し敵の兵力、自分たちの実力。地の利、言葉の壁、文化の壁、様々な不利な要素を以下に克服して有利な戦いに持ち込むか。「闘いにあるものは常に聡く、戦いの場にいないものは常に疎い」つまり常にコンペティターであることが、人間を活性させるのでしょう。

 (おまけ)

2010/11/17 (水曜日)

「FUTURE12/20号やらPRESENTATIONの資料作りやら」

今日は1日、お尻に根が生えたようにデスクに向かいっぱなし。FUTUREの編集。それにしてもデスクワークの能率が落ちているのに愕然としますよね。

でもね、今度のプレゼンテーション(東京・恵比寿)は、実に盛りだくさん。なんてったって気合が入ってるのは、モンゴルの写真集。これは、FUTUREでイベントがどんどん紹介されれいるので、これまでのYEAR BOOKというコンセプトからはなれて「モンゴルの写真集」という、分かりやすいものになりました。それに大判のカレンダーと、プレレギュレーションブックにFUTURE。説明用の映像など、何にしても気合十分の毎日。早く11月27日が来ないかな!っと。

さらに12月20日号のFUTUREには、桐島ローランド監督のジムニー誕生40年記念のショートムービー「どちらの道」が掲載される予定です。

人生には、いくつかの大切な選択があります。分岐路に立って、魅力的に見える道は案外間違ってるってことが多いのを、ラリーストたちは知っています。しかし、選んだ道を行くと選ばなかった道のほうが魅力的に見えたりします。つまりは、どちらの道が正しいか?ということは、ラリーでもない限り誰も明確には答えられません。ラリーだって、まれに間違ってた道のほうが早くて確実にゴールに着くこともないとは言えませんから。

ともかくお楽しみに。

きょうの一枚

SSERのヘリ。ならいいんですが・・モンゴル軍の最新鋭ヘリ。まあ最新鋭といっても、ン10年も前のマシンですが、それでも巡航速度が上がったので安全管理が向上しました。

 (おまけ)


2010/11/15 (月曜日)

「見たぁ?昨晩の龍馬伝」

いよいよ佳境に入った「龍馬伝」・・・本当にこのような人物がいたのか?と、もちろん脚色はされまくってるのは承知で、そう思います。まあ、ドラマですから。岩崎弥太郎の生家に行くと、なにか疑問を幾つも感じるのですが、まあそんな無粋なことも差し引いて。

「変える力」というのはとても莫大なエネルギーがいります。今までのように同じことをやっているのが一番安全で楽なのです。例えそのままでは将来が厳しいのだ、ということが分かっていてもです。

日本は再び変らなければならない局面にあるのは、議論を要しないと思います。ただ、どのように変わらなければならないのかというビジョンが指し示されません。少なくとも坂本龍馬の示したビジョンは、情報量の少ないあの時代にあっては理解しやすかったのでしょう。

しかし本質的に人々が求めてるものは、そう大きくは変りません。山内容堂の龍馬への「武士も大名も無い世界にしたら後は何が残るのか?」という問いに、「日本人が残ります。」と。まあドラマではその一言で全てが決したかのようですが、いまの日本人には真に耳の痛いシーンではあります。

いまの日本に無い「日本人像」この2人のシーンは、あまりにも時局柄タイムリーで、APECの日本の総理大臣の姿などと較べてしまって、まあそれは菅さんには可愛そうなのですが。しかしメモを見ながらの日中会談・・中国では会談とは言ってないそうですが。堂々とした姿でないのは実に残念です。

さて、日本は変える力を無くしてしまっています。そう多くの時間が残されているようには思えないのですが?どうでしょうか。

いま多くの国民が、これまでに無く外交など政治の根幹をなす部分に少なくない興味を持っています。真に政治に期待したいと、初めてなのですが、そのように思った日曜日でした。

きょうの一枚

「あなたの、変える力」ラリーモンゴリア2011資料請求はコチラ 

 (おまけ)


2010/11/12 (金曜日)

「Rally Mogolia 2011」

やっとのこと、モンゴルの帰国貨物の引渡しが始まった。それにモンゴルの写真集も印刷に!2011のカレンダーも今日は本機色校(色校正のこと)が終わった。それに2011のプレレギュレーションも送り出ししたし、FUTURE12/20号の編集もあとはナレーション原稿書き・・・が残ってたか。

ともかく、なにかこう2010年のひと段落!!という感じ。いよいよ2011年に向けて大きく踏み出す感じの充足感がある。

2011の通算15回大会は、是非とも参加していただきたい。東京の発表会には韓国のチームも来るそうだし、本番には海外のチームも多そうだ。それにロシアのチームも、そうそうコロンビアのチームも!やってくる。なんか濃い海外勢も増えて、さらにヒートアップ!!で、いまから試走の思いがメラメラと。そういえば篠塚さんも「試走に行きたい!」って言ってたっけなあ。

Rally Mongolia2011は既報の通り、Dune et Dune というコンセプト。3つから4つのデューンデイが。そうそうatar近くのデューンでビバーク!と言うのも計画してるので、よろしく。
あの辺りって、いいよね。

きょうの一枚

カレンダーの色校のチラ見。

 (おまけ)

 
2010/11/11 (木曜日)

「勝利の美酒」

時にはこのサイトにも華が欲しい!というわけで、今日は勝利の美酒のお話。シャンパンファイト、それはナポレオンが勝利を祝してモエを振りまいて喜んだことからはじまるのですが。

この黄金の泡こそが、なにかこうモータースポーツの繁栄と衰退を見てきてる様な気がしてなりません。ワーテルローの戦いでナポレオン軍が敗走したのは、戦場にモエ・エ・シャンドンが無かったからとか。

最近モンゴルのラリーでは、日本からこのシャンパンのマグナムボトルを持っていけなくて現地調達。なかなか手に入らなくなったのは中国のせいだという説も・・

ちっくと今日は写真で逃げよう!!また明日だ。

 (おまけ)

 
2010/11/10 (水曜日)

「i-Padが欲しい」

それは世界バレーの監督が使ってるから、なんてのも少しはありますが、やっぱぼくはあれでグーグルアースでモンゴルの試走がしたいのであります。

デューンの中から、現在地の画像を見ながら方角を決めるんだい。あーあ、それにしてもおそらくボクくらいが、こうした時代の変化に着いていけるか着いて行けないかの分水嶺の様な気がしますよ。まったく。

まあボクにはタケチャンというスーパーバイザーがいるので、へっちゃらなんすが。

そして、デスクにはいまi-phoneがあって、ボクのパソコンデータをコピー中です。で、使ってみてから購入を決めなさい!と言われてしまいました。

どうしてこんな時代になったのかは定かではありませんが、i-phoneが登場した時の日本のキャリアの社長さんたちのコメントを思い出さずにはいられません。「あれはちょっと日本では売れませんね。」事実しばらくは予想以上の苦戦が続いた模様です。

しかしいまや販売数の60%がスマートフォン!!そう聞くと、古いケイタイ使ってる人は全くスマートじゃない!って感じがしませんか。

それよりも、中国のモノマネをあれほど批判する日本人が、あのスマートフォンってappleのフルコピーじゃないの?って法律的には大丈夫なんだろうか?と心配になります。まあコンプライアンスの時代だから?しっかりと調べてからやっているとは思いますけどね。

そんなことでしばらく進化に取り残されてたボクも、ちっくと追いつきますからね。よろしく。

 (おまけ)

2010/11/09 (火曜日)

「おおエアバスA380」

スカイマークエアラインが国際線への参入を発表しましたね。社名は変更されていてスカイマークとだけになっていて東証マザーズに上場しています。ところがこの発表を聞くや、株価は急落。ストップ安だそう。

産経MSNでは

「円高によるジェット燃料の負担軽減が追い風となり、2011年3月期の業績予想について、営業利益が当初の46億円から91億円に、最終利益を25億円から55億円になる見込みだと上方修正していた。これを受け株価も上昇していただけに、失望から売りが膨らんだようだ。」

うーむ。悩ましいなあ。

でスカイマークが導入しようという例のエアバスA380、世界最大の旅客機!1機あたりいくらするのかというと定価ベースでいまの円高ベースだと280億円くらいで、発表によると6機発注とのことだから、まあ1500億円。すごいことになるのではありませんか。いま保有台数は16機とかそのあたりでしたか。

本当に時代は大量輸送なのかなあ?全席エコノミーにしたら800席。その需要予測はどうなのでありましょうか。

まあ賑やかになるのは良いことではありますが、LCCの時代(スカイマークもある意味ではLCCですが・・・)にどのような戦略なのかを是非とも聞いて見たいなあ、なんて思ったりしてます。

でもまあ挑戦すべきは、素晴らしいことで乗る機会があればそいつに乗ってみたいじゃありませんか。

きょうの一枚

エアバスA380、納期遅れ問題やらエンジンが燃えたりしてご難続きではありますが・・・

 (おまけ)


2010/11/08 (月曜日)

 

「タクラマカンの旅」

中国の友人から2011、レイド・トレック・タクラマカンの情報がはいりました。昨今の日中関係を心配しているようですが、まあ今回は全て新疆ウイグルの中でと思っています。もちろん一部は違いますが。

バイクは、万里の長城の尽きる「嘉峪関」までトラック輸送しておきますので、ボクタチはエアで。そしてシルクロードを走り、沙漠公路を横断します。走行距離は4.000km。ルートは嘉峪関から敦煌。そして敦煌からぐるりとタリム盆地に沿ってタクラマカンを半周して、コルラから一気に縦断!!そして再び敦煌にゴールします。

ボクはこの旅に、GS1200ADV.にサイドカーをつけようかなあ・・なんて考えています。冒険ムード、モリモリで17日間の予定です。詳しい情報はこのあと順次お届けします。

また日本からサポートカーは持ち込まない予定です。大変余談ですが、航空機の手配と宿泊手配は別途旅行代理店がご案内します。旅行部分のお支払いは旅行代理店に、そのほかはSSERにとなりますので、ご留意下さい。

SSERは軍関係の許可、ライセンスの発行や貨物輸送手配、貨物は日本から上海−嘉峪関そしてゴール予定の敦煌から再び上海−日本までの大型輸送。これはすごい!でしょ。昨年のチョモランマで実績あり!!そしてそのカミオンバレイのサポート、さらに長年のラリーで培った安全管理などを徹底して行います。

標高は高くありません。キャンプテント泊が1日。などなど・・・。
興味のある方はお早めに。

「思うこと」

守秘義務違反容疑でビデオ流出させた海保の人間を捜査すると聞いて、ボクは「???」と思いました。

それならば先の大阪地検の事件も、内部告発で発覚したわけです。これは、守秘義務を破ったカタチになります。

「だって大阪地検のは事件でしょ?」
と言ってしまえばそれだけです。

でもビデオを見ると、こちらも事件です。どう見ても刑事事件です。それを犯人を起訴もせずに帰国させるなどは、犯人隠避であり、ビデオを隠すのは証拠隠滅ではないのでしょうかしら。

その主犯は日本政府・・・・だという恐ろしい事実は、どのように裁かれるのでしょうか。

大阪地検の内部告発は可
石垣海保の告発は否

これではおかしいのではないでしょうか。
さらに立件しないのなら、証拠品はもう何物でもないのではないでしょ。

もうひとつ。

これが違法に流出したのなら、テレビ局がこぞってその映像を流しまくるのは、違法性は無いのでしょうか?このビデオ流出に違法性があるのなら、テレビは盗品を売ってる故売屋の様な気がするのはボクだけでしょうか?流出事件だと言い切って、この映像をあまねく国民に見せたのは、やはりマスコミだということでしょうね。

そもそも、情報公開の時代にあって、しかも主権者たる国民に見せずに一部の国会議員だけで見る!なんて茶番は、もう止めればいいと思います。

日曜日のテレビは、アッツ島玉砕を取り上げて、戦争の愚をことさらに叫び、また予科練に徴募を受ける若者の苦悩を描く特番が流れたり、わざとらしいタイミングです。でも知覧の特攻平和記念館は、小学生の遠足と老若男女で賑わっていました。

そもそもそのビデオ流出のニュースを聞いたとき、ボクの右手には東シナ海が広がっていて、開聞岳がその愁眉な姿を見せて、まさに

敷島の大和心をひととわば・・・なんて考えてる時だったものですから。

「浅賀敏則さんのこと。」

浅賀さんも長くパリダカを走っていました。先週菅原さんが「浅賀さんがロシアのトラックにぶつけられた時があったでしょ?」

と聞くので

「それは1992年のパリルカップの時ですよ。」とボク。
そのあとは長くトヨタ車体で走りますよね。

その年はランドローバーディスカバリーで参加していた浅賀さん。「なかなか左ハンドルになれなくてさ。」なんて言っていました。ブッシュの中からミスコースから必死で復帰するカマズに、右のリアフェンダー付近を激しくヒットされて、ほぼ走行不能な状態になったのですが、もちろん主催者を通じて猛抗議。

上手く裁定が降りて、おそらくラリーには復帰できたと思いますが、浅賀さんに対して主催者が「ロシアのチームに対して、他になにか言うことがありますか?」と聞いたのだそうです。

「なんていったと思いますか?」

菅原さんが笑ってボクに聞く。

「???」
「北方領土を返せ!って言ったんだそうですよ。」
「・・・・」

心意気や良し!ではありませんか。

 (おまけ)

2010/11/02 (火曜日)

「九州に行くでごわす。」

いまからSSERのコースターとプラドに分乗して本部チームは、本日中に南阿蘇に到着予定で出発します。やまなみハイウエィを走って、、、たぶん走らないと思うけど。根子岳を眼前に見る絶好のロケーションで、温泉に浸かっていることでしょう・・・たぶん。

ありがたいことに予報では、今週は好天の模様。南阿蘇から鹿児島薩摩半島・大隈半島を満喫!!出来ることでしょう。景色もすごいしね。

なんか日本とその周辺がキナ臭いですねえ。
北方領土や、尖閣諸島。

菅原さんが時々使う言葉「レコンキスタ」
意味は失地回復運動のこと。

これらをもじってボクも時には「これはレコンキスタといこう!」という風に名誉回復などの意味にも使うことがありますが、あまり理解はされないようです。そもそも日本は国境を陸続きで持ったことが、まあ満州国の時を除き無いのです。この時も国境についての認識が甘く、ソ・蒙軍とノモンハン事件を起します。その内容は様々に歴史的には多くの問題を残していますが、まあ陸軍の暴走の主因ともされています。

その戦闘規模は実に大きく、モンゴルではハルハ川戦争として、日本と戦争をして勝利したと、今でも戦勝記念碑などが誇らしげです。僕がはじめてモンゴルを訪れた時には、確か1994年の頃まだ大通りには数日前のニュースのようにガラスケースに入れられた写真のハルハ戦争対日勝利とかのキャンペーンが・・・・

世界の国々を陸路で旅を続けると国境の持つ意味は、いやでも骨身にしみて分かります。いまだにあの時代と変らない!という印象さえ受けます。

そしてそれがヨーロッパはともかくロシアやその周辺国では、年々固くなって来ています。国境が固いとは、おのずと強いメッセージが込められています。

なぜ空港のイミグレーションは、甘いのに。と思わざるを得ません。
そんな話を、国の人にいくらしても理解できません。まして外交官のパスポート
を持つ人などには理解の外のはずです。

すいません、話がそれました。

レコンキスタそれは、700年前半から1500年近くまで800年にもわたるイベリア半島の失地回復運動、再征服活動ともいいますが、イスラム教国になったこの地をキリスト教国が取り戻そうという戦争です。1492年のグラナダ陥落で終わるのです。ですからパリダカがグラナダスタートと聞いた時は、ボクは「フーム。」とうなったものです。その決定の持つ意味は・・・大きいなあ、と。

北方領土、戦後65年もほっておいて、何をいまさら!なんていう論調もありはしますが、あと100年掛けても取り戻す気概がいりますね。スーパー堤防に400年?なんて考えれるようになった日本人のスケールにボクは喜んだんでしたが、まあ「でごわいぞ、ハクホー・レンホー・オンカホー」ですからね。

スーパー堤防、ボクは賛成なんだけどな。

きょうの一枚

堤防の現在とスーパー堤防。まあ川と親しむ景観は大事だけど、もう少しドイツ風に自然に戻すという工夫が大事かな。これからの公共事業は、壊した自然を元に戻すという傾向に振るべし。

 (おまけ)

2010/11/01 (月曜日)

「実は11/1は、創立記念日。」

本日はFIAT-ABRTH695 tributo FERRARIの予約開始日で、、、そんなことはどうでもいいのですが、11月1日は、わたしたちSSERの母体であるグローブコンペティションの創立記念日です。創業は1985年に遡るのですが、株式会社になったのは平成元年11月1日。あれから21年目の創立記念日。マイ・インディペンデンスデイ!!であります。まあ独立ではないんですが。たくさんの胡蝶蘭やお祝いの電報が届きました。ウソ!実は誰も知らないので、まあいいのですが。

そこで、昔は必ず1日には未明の出勤、道後の朝風呂+パワーブレックファーストのあと、昼前まで延々と会議。先月の実績と今月の計画を資料と供に攻められるわけです・・・ボクに。

で、もう5年も前からそういうことを止めたのですが、今月から部分的に再開しようということで、早朝出勤、裏の神社への参詣、掃除。そののちミーティングを行います!!

数年前までラリーの前日には全スタッフで、近所の神社にお払いを受けに行ってました。そして、その日は基本的に「仕事をしない」という約束がありましたが・・・今では前日もしくは当日の朝までバタバタ。結果として神社に行くことはなくなりました。

前日に何もしないということは、事前準備が足りているということです。全てのイベントが今日決まって、明日やるのではないのですから。つまるところ、先延ばししてた仕事を間に合わせるために直前でやる!ことになるわけです。

今回から全てを、その時代に戻そうと思っています。それはとにかく安全で完璧な運営・・つまり内容のある楽しいラリーの実現に他なりません。そんな意を強くした、21年目の創業記念日。

お昼に赤飯を炊きました。美味しかったですよ。

きょうの一枚

ほら、お赤飯。もち米80%白米20%、炊飯器でおこわモードであっという間に。で、小豆は缶詰で、今頃はスーパーでいくらでもお赤飯の素なんて売ってるんですねえ。そしてリチャード・ジノリの限定版のお皿に盛って、イタリアン?な気分。どーもここのところイタリアづいてるなあ。それにしてもかなり美味しくてビックリ。便利な世の中だす。

 (おまけ)