「ちょっと、微妙ゥ。」
すでに皆さんもご承知のように、「アフリカ・レース」 http://africarace.ohplus.jp/というのがこの冬に開催されます。コメントに窮している人が多いのではなかろうかと、あえて話題にしてみました。
そのイベントはレースとはなっていますが、いわゆるクロスカントリーラリーです。そしてスケジュールは、これまでのダカールとほぼ同じ、さらに通過国もルートも同じですね。
スタートはフランスの港町マルセイユ。僕たちパリダカ世代には懐かしいフォーマットです。上のURLからサイトを覗くと、海外にありがちな不器用な日本語の表現はなく、「アフリカ・レース」に登録商標であることを意味するレジストレーションマークがつけてあります。「ふーん・・・意味深な。」
そして主催者は、ユベール・オリオール・・・言わずと知れたパリダカールの英雄です。90年代初頭、苦境の時代のそのラリーを建て直らせた人でもあります。広くアマチュアに門戸を開いた、そういう功績は少なくありません。
新生ダカール、つまりASOはディレクターとしてユベールを解任しました。ボクは彼のモチベーションの低下がそれを招いたのだろうと感じていました。いやしかしそれは企業体としてのASOの判断だったわけでしょう。
その後ダカールは、いっそうの隆盛を極めました。 フランス人のブランディングに対するセンスに脱帽!でした。
解任はそうなんだろうと思っていたのにもかかわらず、「ちょっと違った」ようでした。なぜなら彼はいくつかのアフリカのラリーの開催に挑戦を始めました。マーケティング的には当然良くあるパターンです。成功し肥大化していけば、専門化し分散するという定理です。そんなラリーの中でもホッガー山脈を越えるアルジェリアのやつは、(タイトルは忘れた)行ってみたいとも思いました。タマンラセットの空港には、もうないとは思うけどガストンが置きっ放しにしてあるDC-3があって、二人でそれを取りに行こう!というのが約束になっていたものだからということもあってです。
このアフリカ・レースのニュースリリースをASOや古くからのダカールへの参加者たち、つまりダカールをこよなく愛した男たちは、どのように感じるのでしょうか。ユベールの怨嗟の様なものだと感じるレジストレーションつきで表現するそのイベントは、そうなのだとしたら上手くいかないと思います。
こんな会話をよくします。 「ダカールは、これからも南米でやるの?」 「いや1年だけじゃないかな、2年後にはアフリカに帰ると思うよ。」 「やっぱりアフリカじゃないとだめなんだね。」 てな具合です。
しかし時代も変化し、代わらないものは無いという事のみが、唯一変わらない定義であるように、これからも混沌を見せながら、変化してゆくことでしょうね。
なんか微妙。 |