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2007年9月21日 行程11日目
バルハシ - アスタナ 走行距離:605km 走行時間:10時間

バルハシを午前8時のスタートの予定だったのですが、朝にはめっぽう強いおじさんたち!20分前には全員!!出発準備完了。ならば「スタートする?!」昨晩の到着が早かったからなのだろうか。おじさんライダー!!顔色良好!!しかし寒い。気温は7度だ。少しばかり雨も降ってきた。大丈夫だろうか。

だんだん寒くなってきた。ちょうどお昼の12時に道端のレストランに入ることになった。店内は大混雑、大繁盛だ。どうもこのレストランは人気店のようだ。混雑しているので別のお店に行こうとガイドのノルジャンに言うと「ダメダメ!待ちましょう!!ここ美味しいから」「わかった」と素直に・・・美味しいという言葉を信じたのでありました。

まもなくして、テーブルに座るとケーキが運ばれてきた。「ケーキは食べ放題。好きなだけ食べてください。」「こんなにたくさん食べられんよー」「半分づつ食べよ、こっちのも食べてみたいけん」なんて、おじさんたちは楽しそうにパクパクケーキを食べている。甘いものもOKということが判明。あんなにたくさんあったケーキはほとんどなくなっていた。メインの料理はまだ出てきてないんですけど・・・心配することは全く無かった。残すことなく全部食べていました。すばらしい食欲!!パワーの源はここにありですな。驚きました。

外に出てみると、どんよりした空はそのままだった。このまま天気の快復は難しそう!!あと250km!!何度かの休憩いれても5時間あればアスタナに着くだろう。カザフスタンに入ってから大きなトラブルはなく、順調に走行している。

午後5時30分寒さに震えながらアスタナのホテルに到着!!今日も明るいうちにゴール。明日は休息日、アスタナの街を観光することになった。黒川紀章さんのデザインした建築物も見ることができるのだとか・・・たのしみです。

夕食後部屋に戻って、たまっているレポートなどまとめて送らなきゃならない。このホテルではインターネットへの接続は難しそうだ。おもむろにインマルサットを出してきて南西の方向へセットしようとしたが、部屋の向きが悪い。仕方ない明日にしよう。あきらめが早いのか、眠いのか、明日にしました。

こうやって3日おきぐらいのペースで情報が日本に届いていたのです。最大の努力はしていましたが、繋がらない状態なら、あきらめは早かったかもです。毎日楽しみにSSERのホームページに訪れて頂いたみなさまありがとうございました。

ところで少しまじめにカザフスタンの案内。ここは中央アジアの国。首都はここアスタナ、最大都市は一昨日のアルマティ。ロシア、中国、キルギス、ウズベキスタン、トルクメニスタンの油断のならない?6カ国と国境を接する。また、カスピ海、アラル海に面している。その国土は世界で9番目に広くて大きな川がいくつも流れ(それはカスピ海やアラル海に流れ込むんでしょ)豊かで広大な穀倉地帯を作っている。また近年はカスピ海原油で一気に豊かに。そうそうカスピ海は「海か湖か」という論争はここから始まったそうね。海ならば国際法でカザフ有利。湖なら隣接する国々に共同の権利が主張できるそうな。そればかりか天然資源は、たくさん。最近日本もウラン採掘に関する合意が出来て、両国関係は良好!

ここアスタナ1997年12月にアルマティから遷都した「なんで?」と誰もが思う理由を検索してみると。カザフスタン大使館HPで、首都遷都の理由が書いてありました。

○アルマティは大地震のおきる可能性が指摘されている。日本も同じジャンか!ので首都機能を麻痺させないためのリスク回避が必要だった。
○カザフ族の多く暮らすアルマティ、ロシア人が多い北部の民族対立を未然にふせぐ融和政策。
○アルマティは中国国境に近く、国土上のバランスが少し悪い。

などの点。まあ天然ガスにカスピ海原油、世界最多のウランなど、お金は地下から湧いてくるてな勢いのこの国。思い出すのは007、ワールドイズノットイナフね。「やっぱ、ソフィー・マルソーがいい」んだそーよ。

しかし、首都のアスタナは、ウランバートルと同じく冬には氷点下30度にもなる寒さのよう。そこで驚きのニュースリリースは、アスタナでは町全体を高さ152mのテントで覆い、冬でも夏のような快適な(日本人には分かりにくい表現ね)気温を保つんだそうな。いったいいくらかかるのそんな工事!!でもお金は地下から湧いてくるんだって!!

ま、いずれにしても世界で最も新しい首都(ほかにもあるけど)で、お金がある・・・のでこれからがどうなりますことやら。でもカザフ。とても印象に残る国です。ちょっと日本からは遠い感じがするし、国外運転免許では走れない国になっているけど・・・・ユアン・マクレガーの旅もこの国は苦労した模様ね。でも我々は「バッチシ」それは事前の準備のなせる業なんです。さてそのバッチシはどこまでつづくことやら・・・。