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「トプカプ宮殿の秘宝」

トプカプ宮殿は、トルコの首都イスタンブール旧市街のある半島の先端部分にある。三方をボスポラス海峡とマルマラ海、金角湾に囲まれた丘に建つオスマン帝国時代のスルタンの宮殿であり、現在では博物館として有名である。

2004年10月、僕はファラオラリーの激闘を終えて、トルコに飛んだ。灼熱のエジプトからわずかに地中海を隔てただけの10月のイスタンブールは、すでに冬支度が始まっていた。僕はここでトルコ料理に舌鼓を打ち、ブルーモスクを眺望できるオープンカフェでチャイをすすり、民族楽器のサズーを手に入れ滞在を楽しんだ。

ラリーの疲れを取ることも目的だったが、トプカプ宮殿に陳列されている秘宝をもう一度拝謁することが大きな目的だった。トルコは二度目だったが、初めて訪れたときはそれほど知識もなく、適当に見物しただけだった。

トプカプ宮殿には、中世のオスマン帝国の時代に小アジア、北アフリカをはじめイスラム世界のほとんどを占める広大な版図の隅々から集められた宝物が、ところ狭しと展示されている。そのコレクション数は現在、約30万点以上にものぼる。

おびただしい数の宝飾品、織物、書、豪華本、調度品などが、イズニック・ブルーの幾何学模様で壁が埋め尽くされた贅を尽くした優雅な宮殿に収められているのである。

トプカプ宮殿の財宝として最も有名なものは、きっとオスマン帝国のマフムート1世が、イランのナーディール・シャーへ贈呈した3つの大きなエメラルドが妖しく輝く”トプカプの短剣”であろう。

そのほかにも財宝室の中には、世界で5番目に大きなダイヤモンドである”スプーン細工師のダイヤモンド”や銀細工、金の玉座、剣などの武具、細密画や油彩画、陶器などが観光客の注目を浴びているが、僕の興味を惹いたのはまったく別のコレクションだった。

それは聖なる外套の館に収められている、イスラム教の預言者ムハンマドの遺品の数々である。ムハンマドの足跡や歯、髭、外套、ムハンマドがコプト人に宛てた手紙などが展示されているのである。この展示室には常時コーランが生で吟じられており、神聖な雰囲気を演出していた。

ムハンマドの遺品と聞いて僕が連想したのは、キリストや仏陀の遺品である。特にキリストの聖遺物は有名であり、世界の盟主になるための特別なパワーがあるとされた。ヒトラーは地の果てまで捜索隊を派遣し、実際にそのいくつかを手に入れていたそうである。有名なロンギヌスの槍はそのうちの一つである。

他にも聖杯や聖櫃など、史実と伝説が混在した聖遺物が存在するとされるが、いずれも特別なパワーとセットになっている。映画『インディ・ジョーンズ』シリーズは、これら聖遺物がアイコンになっている。ムハンマドの聖遺物にもそのような特別なパワーにまつわる伝説があるのではないか。

詳しく文献などを調べたことがないので、そのような伝説があるのかどうかは不明である。しかし、たとえば神器と呼ばれる聖遺物とそれを所有する者が、王権の正当性を表すシンボルとして崇められるケースが歴史に多く存在する。

例えば日本の三種の神器、タイのエメラルド・ブッダ、そして中国の龍玉などである。ただし龍玉に関しては実在したかどうか確認は取れていない。むしろこれはアーサー王のエクスカリバーや、ソロモン王の指輪にニュアンスが近い。

実は、この手の話に僕は弱い。好奇心のアンテナがついつい剥き出しになってしまう。荒唐無稽だと一笑に付すことは簡単である。聖者の遺物に特別な力を見出すこと自体が、精神的な幼児性と弱さの表れであると一刀両断されることもある。

しかし想像力を刺激するこうしたギミックが、様々な物語や伝説を紡ぎだし、世界史を彩る力を持っていることに間違いはないであろう。またこれとは別に、トプカプ宮殿にはほとんどの観光客に見向きもされないお宝が静かに展示されている。これを見つけて僕は興奮した。

それは、南極が発見されるはるか以前に南極大陸が描きこまれた、あるはずのない地図、”ピリ・レイスの地図”である!


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