「クーベルタンの精神」
2004年度のファラオラリーには苦い思い出がある。初めてのリタイアを経験したのである・・・。
前年度、クラス優勝していた僕と菅原照仁くんのチームは、ディフェンディング・チャンピオンとして2連覇を目指した。しかし、僕の準備不足もあってチームワークは乱れ、結局車両が炎上するという劇的なクライマックスで幕を閉じた。
リタイアによる精神的なダメージは予想を超えるものがあった。単に完走できなかった悔しさだけではない。出場するためにかかる費用が大きいだけに、金銭的にも損をしたような錯覚に陥る。スポンサーを背負っている場合にはなおさらである。砂丘の上で、重い十字架を背負わされたような感じである。動けば動くほど足が砂に埋まり、前に進めない。
リタイアした選手はみんなそうなのだろう・・・。ヨーロッパの選手たちは、人目をはばかることなく怒りを露わにしていた。中には運営スタッフに当り散らす選手もいるという。一応に不機嫌なのは遠巻きにもわかる。
シーワ・オアシスに程近い砂漠の真ん中でリタイアした僕らは、消火活動を終え炎天下で途方に暮れてると、やがてカミオンバレーがやって来た。カミオンバレーとは、最後尾の選手後方をトレースし、リタイアした選手やバイクなどを回収していくスイーパー役のトラックのことである。
運営スタッフであるイタリア人の初老のおじさんが僕らに近づくと、僕らの安否を確かめた後でこう言った。
「日本人はクーベルタンの精神を持っとるのォ・・・」 「どういうことですか?」
僕が訊き返すと、彼は白いヒゲをなでながらおもむろに言った。
「これまでリタイアした選手を何人も収容してきたんじゃが、ヨーロッパ人はなっちょらん!怒りまくってワシらにまで当り散らすんじゃ・・・。まあ血の気が多いんじゃのう。それに比べて日本人選手は、リタイアしてもワシらに笑顔で接してくれるし、怒りを露わにする選手など一人もおらんわい!」
「・・・・・ 」 「クーベルタンを知っちょるか?」 「クーベルタンって、あの近代オリンピックをつくった・・・」 「そう、そのクーベルタンじゃ!日本人はクーベルタンが唱えたフェアな精神を理解しちょるということじゃよ。ワシらは日本人を見直したよ!」
後ろで会話を聞いていたほかのスタッフたちも、そうだといわんばかりにうなずいた。
僕の脳裏には、すでにリタイアしていた小林弘明さんがにこやかにスタッフと談笑している姿が浮かんでいた(笑)。リタイアの悔しさはよくわかる。しかしその憤りをモノにぶつけたり、人に当たったりする行為は非常に大人気ない。その程度のマナーは、日本人としてはしごく当たり前なのではないか。
しかしその日本人の礼儀正しさが、思わぬところで高く評価されたことは素直に嬉しかった。日本人は、自分たちにとっては当たり前すぎて気づいていないが、世界に誇れる精神性をDNAの中に持っているのではないだろうか。
少なくともクーベルタンの精神を受け継ぐ者として誇りを持っていいと思う。
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