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”ダカールの行き方戻り方”

「私は疲れを引き摺ったまま、頭の中が混乱した状態で目が覚めた。 テントの生地を通して差し込んでくる強い日差しで、一瞬目が眩みそうになる。それはまるで、砂漠で一晩中もがき苦しんだ昨夜の出来事 -- バイクの上だったり、バイクを押し上げたり、キャメルバックを背にしてひっくり返ったり -- を、そっくりそのまま夢で再現したかのような後味の悪さだった。 睡眠はごく浅く、体がちっとも起き上がろうとしない。この朦朧とした意識を芳香塩の匂いで吹っ飛ばすことも出来たが、とにかく次のステージへ進まなければならないことは頭が理解している。でもこれから535kmにおよぶアフリカン・デザートのルートに挑むにしては、あまり芳しい精神状態とは言えないかもしれない。今日のステージがとてもハードで、もしかしたらダカール・ラリーで一番タフかもしれないというのは参加者全員の共通認識だったが、”一番タフ”と言うのは”酷い”に似て相対的な言葉だ。 散々苦しめられた昨日よりも、更に辛い状況なぞ考えたくはなかった。

このステージ13はティジカを出てまた戻ってくるループで、ビバークでのサービスを受けられないマラソン・ステージの2日目だ -- まぁ優勝争いを助けるチェイス・トラックのサポートなどないプライヴェーティアーにとっては別に大したことではないケド... -- 。 一度SSが始まると、我々は自身の進む道をナビゲートしながら崖の上や谷底を進み、あの悪名高い”ネガの谷”を越えてプラトーに再び上らなければならない。そして行く手には、轍の掘れた高速トラックや急な斜度のフカフカなデューンなど、砂漠で対峙せざるを得ないすべての地勢的要素が我々を待ち構えている。うん、確かにココは今まで走ってきたドコよりもキツいかもしれない...どう考えても気分は萎える一方だ。

私は覚悟を決めてシュラフから這い出し、ウェアを身に付けて朝食を胃袋に流し込んだ。そして一連の流れ作業のようにXR650Rに跨り、昨日のステージ12終盤でビバークに帰着したリエゾンを今度は逆に南西へと進んで空港へと向かう。SSのスタート地点までは僅か3kmほどの道程だが、ここがもっともっと長ければと思わず願った。私にはちゃんと体が覚醒して、ライディングに集中できるようになるまでの時間が必要だった。ちょっとここまでバタバタし過ぎてて、相棒のホンダを十分な注意力と共にこれから立ち向かう難所を上手くガイドしてやれる気がしなかった。

-- 何かがシックリ来ない... -- 急いで身支度をした分、プロテクターがどこかちゃんとフィットしてないのかもしれない。ウェアが変に丸まってるのか、それともウエストバッグのベルトが緩すぎてブラブラしてるのか?いずれにせよ、これらは注意信号だ。もっと時間を掛けてキチンと準備を整え、気分転換してから今日の仕事に取り組むべきなんだろう。でもあえて、すべてを投げ出してしまおうとしている自分を認めるわけにはいかない。そして幸運にも、ここでギブアップする正当な理由を思いつくことは出来なかった。目の前には”完走”という名のニンジンがぶら下がっている。

SSのスタート地点には僅か数名のライダーが集まっているのみで、もっと沢山居るはずだと思ってた私には妙に思えたが、公式のスタート時刻に数分遅れていて直ちに出発するよう命じられたので、この事象に関して思案する暇はなかった。陽は雲一つない青空に高く上り、ギラギラと熱く照りつける。ルートはブルドーザーの刃で整えられた、黒くて平らな岩と砂の入り混じったガレ道を進んで行く。私は路面の状況やカーブに意識を上手く集中することが出来ないまま、それでもハイアベで走った。 燃料が満タンのビッグタンクはいつものように重すぎて扱いにくく、ただ単にバイクを走らせるだけでも一苦労だ。すべての動作が疲労により誇張され、悪影響を及ぼしている。今日はツイてない一日になりそうな悪寒がした。自分の体内アラームは鳴り響き、速度を落とさないとヤバい事になるゾと警告を発している。

そのうちにルートは丈の短い椰子の木に囲まれた、曲がりくねって枯れ川を渡る地点に差し掛かった。 ここまで来る間に幾つかのミスを犯して精神的な余裕がなくなり、辛うじてクラッシュを免れてきた自分の走りは完全に初心者のそれと化していた。そしてスタートから22kmの地点で私はコーナリングを誤り、制御不能の電車のように岩の上を滑ってバイク・ライダーの順で地面に激しく叩きつけられた。 あまりにも情けない、これは経験を積んだライダーではなくビギナーの失態だ。 私は恐る恐る立ち上がり、自分自身に蹴りを入れたくなるような衝動に駆られた。 体中に痛みが走ったが、幸いにも深刻なケガはしないで済んだらしい。 ただ、瞼がとても重くて両目を開けているのがとても億劫だった。フラつく体で何とかXRを起す、このバイクがこんなに重く感じた事はかつて無かった。 スタンドを立てて目視で車体を確認する、幾つかの凹みと擦り傷以外はこちらもまた、運良く大きなダメージはないようだ。 でも一つ間違えば、大変なことになっていた。疲れて注意力が散漫な状態でのライディングは、代償としてライダーの競技生命、もしくはその生命までも奪ってしまいかねない。結局、ステージ13というのは不吉な番号だ -- でも別な考え方をすれば、人車ともに致命的なダメージを負わずに済んだのだから、むしろ幸運な番号なのかも -- 。」

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今回は去年のTBIでご一緒した温泉大好きカナダ人モーターサイクル・ジャーナリスト、ローレンス・ハッキングさんが出版された「TO DAKAR AND BACK」という本の前書き部分を一部意訳してみました。準備の進め方から現地からの引き上げ方など、彼が2001年度の大会を走った経験を元に分かりやすく丁寧に書き記されています。日本語版の出版予定については不明ですが、英文のものなら現在AMAZON経由にて$20ほどで入手可能です。近い将来にダカールへと大志を燃やす貴兄にオススメの一冊カモ♪


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