「22年ぶりの再会」
ノルマンディ上陸作戦で有名な町、カーンに住んでいるジャン・ピエール・ジュッソーさんに会って来ました。22年ぶりの再会になります。
彼は日野さんがパリ・タカール・ラリーに最初に出た年(1991年)と翌年の2年間、1号車のドライバーをしてくれた人です。
彼は1978年と1980年にルマン24時間で優勝しており、特に1978年に優勝した時は、「フランスが泣いた日」とも言われております。1975年と'76と'77の3年間はジャッキー・イクスが3連勝しており、写真3の時はイクス(ベルギー人)がポルシェ(ドイツ製)に乗って4連覇を狙っていたのをフランス人のジュッソーさんがフランス製のルノー・アルパインで勝ったのです。彼は表彰台の上で泣き出してしまい、それを見ていた観客が嬉しくて泣いていたそうです。もちろんTV放送もされておりました。
彼が泣いてる写真を雑誌で見た事があります。
そんな彼が別れ際に、私にくれたのが1980年に優勝した時のメダルです。 フランスの友人にこのメダルを見せたら、とんでもない贈り物で、オリンピックの金メダルよりも貴重なものですね!!と言ってくれました。
私、個人で持っていてももったいないので帰国したら会社で保存をしますので見に来て下さい。
菅原 義正
写真1はカーンのホテル前での記念撮影 写真2は1991年のパリ・トリポリ・ダカールでの記事 写真3は1978年に6番のイクスをインから抜いてます。
写真4はメダルの表 写真5はメダルの裏 写真6はメダルのサイドに刻印されている彼の名前と 1980.14-15 Juin (6月)
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